春日井市・名古屋郊外の秘境駅「定光寺」にある発電用水路上ハウスが見た目に怖い

JR中央本線定光寺駅前、かつて「名古屋の奥座敷」とも言われた風光明媚な観光地、庄内川上流「玉野川渓谷」の風情は時代が過ぎても来た人間に「こんなに名古屋に近きゃあのに山ばっかりであり得んがや!でら凄いがね!」と思わず名古屋弁で言わしめん程の自然の力を感じさせてくれる。

最も、今見てみると駅前に観光旅館千歳樓の廃墟がデーンとそびえているのみの寂れた場所でしかないが…

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定光寺駅前に並ぶ家屋群、ただでさえ崖っぷちに無理矢理家を建てていて凄いと思うのだが、実は近くにある中部電力の玉野水力発電所の導水路がここを流れていて、水路を避けて崖に張り出すように家を建てたり、用水路の真上に無理矢理家を建てている所も多い。かなりアクロバティックな建築である。

そこまでして家を建てたかった程、観光地として人気だったのだろうか。

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城嶺橋から定光寺駅方面には現在も十数軒程の民家がこの水路上に家を構えていて、実際に暮らしている家もある。きっと建築基準法やなんやらがテキトーだった時代に建てられたものだろう。

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水路上、もしくは水路脇に建てられた家々はどれも年月が建っていて、どっさりと蔦や草木が建物に覆い被さっている場所もある。しかし空き家になっている家も多いせいか、あまり生活臭が感じられない。

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「さくのなかにはいらないでください」の注意書きもここでは説得力があるのかないのか分からない。だって柵の中に家が建ってるんだもん。

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水力発電所の導水路という事もあって、水の流れがやたら早い。もしこの中に落ちたら無事に這い上がる事は難しいだろう。しかしそんな所にまでちゃっかり屋根付きガレージをこしらえる逞しい定光寺駅前住民。

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庄内川沿いと言う事もあってかこうした注意書きもある。上流の岐阜県側に流れる土岐川の源流にはダムが多数存在している。この看板を見て気づいたのだが「定光寺観光協会」というのが存在しているのだな。果たして現在も機能しているかは不明だが。

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山側のコンクリート壁には、旧国鉄時代に掘られたトンネルの土台部分の刻印が残っている。1966年と言えば定光寺駅と古虎渓駅の間を貫く新しい愛岐トンネルが完成した年である。

この年から中央線は名古屋から多治見までが複線電化され、岐阜県東濃地方が名古屋のベッドタウンとして本格的に開発される契機となるのだ。

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それにしてもこれだけ険しい山岳地帯を100年前に掘り進めたというのは凄い。日本は土建国家だと叩かれる昨今だが、昔はその技術力が国全体を強力に推し進めていた時代も確かにあったのだ。ちなみに旧愛岐トンネル群は国の近代化産業遺産の指定を受けているそうだ。

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まさかこんな場所に…と思えるような水路上ハウスの一軒が、なんと喫茶店になっている。玉川屋という小さな喫茶店は、場所柄なのか開店休業状態。恐らく趣味で経営しているレベルだろう。時折ハイキング客や定光寺の参拝者がちらほら訪れるようだ。

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店の向かいには喫茶玉川屋が設置している無料販売所らしきポストがある。鉱物ネックレスなどを販売しているようで、やっぱりこれも趣味の一環なのだろうか。大都会名古屋の目と鼻の先で繰り広げられている、実に牧歌的な光景だ。

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東海自然歩道というのが東京から大阪までの広い区間で指定されているようだが、あまりに広大過ぎて全体像がよくわからない。正確には、八王子から箕面までの11道府県を跨ぐ全長1697キロメートルという途方も無い距離の自然歩道なのだ。

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しかしこんな場所に鉄道駅があるなどとは、よそ者の感覚では想像すら付かない。ちなみにこう見えても城嶺橋付近や廃墟と化した千歳樓前などに自家用車を置いて名古屋方面に通勤する人も居るそうなのだ。ただし昼間は30分に1本しか電車が来ない、所詮は秘境駅。朝夕のラッシュ時にしか使えないし、夜遅い時間だと正直怖い。


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