廃墟と誰も居ない砂浜…鹿児島県最南端・寂れたリゾートアイランド「与論島」上陸記 

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与論島の中心・茶花集落の中央通りと銀座通り

与論島

当然宿を確保した後は島内探索に出る事にする。再び茶花地区。鹿児島県最南端の与論町役場の建物もやはりボロい。沖縄があまりに補助金漬けで公共施設がこぞって綺麗過ぎるもんだから対比が凄まじくて本当に…

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役場の前から真っ直ぐ伸びる道が「中央通り」、役場の横から伸びている道が「銀座通り」で、ここが茶花地区で最も市街化している一画となる。昭和40~50年代の与論島ブームの時には原宿と見紛うくらい若者を中心とした観光客で賑わっていたという。今じゃちょっと信じられないくらいの寂れっぷりですね。

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中央通りと銀座通りとの分岐点に立地する飲食店の建物。赤線地帯の廃墟みたいな無駄な貫禄がある。店は廃墟化しとらんのだろうか。

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中央通りにある酒類卸売業のビル。与論島産の黒糖焼酎「有泉」のごっつい酒瓶と樽がディスプレイされとりますな。当然沖縄では泡盛一色だった訳だが与論島に来ると「焼酎」に変わるあたり、ここは沖縄県ではなく鹿児島県なのだなと。

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島のコンビニエンスストア的店舗。これも大手チェーン系列は皆無である。店名にマソーって書いてるけどこれは人名なのか方言なのか。

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間口がやたら狭い乙な佇まいの鮮魚店もあり。時間が遅かったからか商品の魚は全然出てなかったが。

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同じくギリシャ風な佇まいのリゾートホテル的な建物が紛れ込んでいるがとっくに廃墟化しており痛々しい姿を晒していた。事前に聞いていたが観光ブームから一転寂れてしまった与論島はこのような廃墟ホテルがやたらめったら多い。観光はひたすら沖縄一辺倒なのに与論は鹿児島県というだけでこんな運命になってしまったのか。

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中央通りに掲示された与論島観光マップ。周囲の広告にある店って今でもみんな現役なんでしょうかね。この与論島も沖縄の島と全く変わらない隆起珊瑚礁の島である。それにしてもカタカナ表記で「ヨロン」と書かれている事が多い。やっぱ外国みたいに見えるからか。

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茶花地区のもう一つのメインストリート「銀座通り」。こちらの方が繁華街的要素が強く、商店街と呼べる体裁を保っている。ちょっと道を外れたあたりにパチンコ屋まであった。ここも昔は観光客だらけだったらしい。

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金融機関とか農協の支店などもあって島の経済の中心といったところか。鹿児島県全体から見れば最果ての島でもあるが人口は5200人程度居るので、島の中心はさすがに人通りがそこそこある。

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銀座通りのドラッグストア。「与論献奉対策スペシャルセット」って何だそれはと余所者は思ってしまうのだが、要は島の飲み方の習慣で、宮古島にもある「オトーリ」と呼ばれているものに近い。九州も沖縄も呑んだくれ属性強い土地柄ですから飲めない人は辛いっすね。

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街を歩いていても地元の高齢者が中心で、ましてや観光客が歩いている所など全く見る事もなかった。そして子供の姿も全然見かけない。一応島には小学校に中学校、それから高校まであるのだが、青少年の溜まり場っぽいゲームセンターなんぞは全く見当たらず、観光客向けだった飲み屋の残骸だけはやたらと多いのが特徴である。

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銀座通りのホテル青海荘。与論島に観光客が押し寄せていた時代にはこの狭い島に120軒もの宿泊施設がひしめいていたそうだ。建物の古さから見るとその時代からあったホテルの一つではないかと思う。ここはまだ街の中心部だから今でも何とか商売できるのだろうが、ちょっと街から離れた所になると同年代くらいのホテルの建物が軒並み廃墟となっている姿が見られる。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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