加賀百万石バブル遺産の残骸…加賀温泉駅前・旧「ユートピア加賀の郷」が凄くて酷い 

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深々と雪が積もる中、辛うじて見える階段を頼りに山門まで辿り着く。こんな時期にわざわざ訪れるのも我々くらいのもんだろう。

参拝料500円を持って受付となっている事務所に上がり込むと、ストーブで暖まった室内には雪かき要員として待機していると思われる、結構なお歳のオッサンが3人程、うち1人はお寺の住職かどうかも疑わしいが、一応それらしい格好で座っている。

意外に思えたのが、ここに居るオッサン軍団が一様に流暢な関西弁で話される事だ。ここは石川県なのに。

現在の豊星寺は新聞記事によると大阪市内にある某会社の所有なんだそうだ。それならここに居るオッサンらがもし大阪から来たスタッフだとしても何の不思議もない。

しかも揃いも揃ってついこの間釜ヶ崎の寄せ場から連れてこられたばかりのような身なりをしているので、不思議でしょうがないのである。訳ありっぽいので詳しく聞くのはやめておいた。

バブル期の真っ盛り、1987年に建造された加賀の大観音は今も変わらずこの地に立ち尽くしている。全長73メートルの身体は加賀市街の各地からも姿が見える程の大きさだが、行った時間帯があいにくの猛吹雪でこの状態。

織田無道がどうだの色々と胡散臭い噂が絶えない場所だが、それでもお寺そのものに罪はない。山門を潜って境内左手、深々と降り積もる雪の合間から姿を見せる本堂へまずはお参りをしよう。

本堂の中はごく普通のお寺といった造りになっていて特に突っ込むべきものは見当たらない。しかし一時期は閉鎖されていた事もあったのだ。いつ所有者が変わったかといった具体的な経緯は何も分からない。

やたらご立派な手水舎、それもバブル経済の勢いで作られたものだ。それが最初のオーナーの純粋な信仰心から作られたものかどうかと言われると、首をかしげざるを得ない。だって280億円も掛けたんだぜ。

手水舎を挟んでもう一棟大きめのお堂が隣接している。雪のせいで階段が埋まってしまい一段一段除雪しなければ登れない状態。「北陸白寿三十三観音番外霊場」と書かれた板が柱に掛けられていた。バブル社長の成金趣味で作られた寺だもん。そりゃ番外にはなるよな。

内部はこちらの方が立派である。何百人も集めて説法会を行えるくらいのスペースがある。以前見たYoutube動画にはここで読経をする織田無道住職の姿があったが、現在は公開停止になっている。

その隣には六角堂。雪に埋もれているせいでじっくり境内を歩き回るのは難しい。見逃したものがあるかも知れんがご勘弁を。

さらに向かい側にずらりと並ぶミニ観音像が強烈。吹雪混じりの寒風吹きすさぶ加賀の地に佇む仏様。バブルの夢に踊り狂った欲深き人々の姿をずっと見守り続けてきたのだろうか。

ミニ観音像の隊列のすぐ後に瑠璃光殿と金色堂と呼ばれる巨大な2つのお堂が控えている。どれだけスケールでかいんだよ。次はこのお堂に入ってみることにする。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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