未開の地グンマーの激寂れ商店街「高崎中央銀座」と色街・柳川町の廃れた路地裏

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かつては群馬県一の賑わいを見せていた高崎市の「高崎中央銀座商店街」。全長400メートルのアーケード街の中でも夜の盛り場である柳川町に近い一画は独特な昭和の佇まいを残している。既に「元気です!中央銀座」と空元気全開な垂れ幕も見当たらない廃レトロ空間と化したアーケード街の北側一帯。右手の「スナックエクスポ」の建物といい今時のセンスでは二度とお目にかかれそうにもない物件が多い。

何も飲食店ばかりではない。ハイファッション・レディスショップの正直屋。二階部分の曲線を描くテント看板が何とも廃ファッション廃センス。

昼間は全然開いていないのに夕方から夜中に掛けて営業している謎の喫茶店「白馬車」。柳川町勤めの方々向けに営業されているのでしょうか。昔は学生の溜まり場だったらしいが。

そして左手側には随分大型のコンクリートビルが朽ち果てたまま佇んでいる。それは昭和の娯楽の帝王だった映画館の成れの果てだった。今ではシネコンに追いやられたが高崎にはこの「オリオン座」を含めて最盛期で4軒の映画館があった。

中央銀座沿いにあるオリオン座は2003年の閉館以来解体工事が中途半端に止まったかのような状況で放置されている。いつ解体されるの?と思うのだが、工事費用も出せないといった所か。

その割にはチケット売り場の所に「貸物件」と書かれているし、解体せずに再利用する気なんでしょうか。入口上部の映画看板は恐らく2003年の閉館当時に上映されていたものか。ハリーポッターと秘密の部屋など。成人映画ではなかったですね。

オリオン座から北側はいかにもな店構えのパブが何軒か並んでいるのが見られる。もしくは歯抜けの空き地のコインパーキングといったオチ。空洞化激しいです。

アーケードを抜けた先を振り返る。商店街入口の看板はこっちの方が無駄に豪華で良い感じ。しっかりと行き遅れた昭和のゴージャス感が漂っている。

これまたフォントが無駄にゴージャス。どうもデジャヴな感じがすると思ったら日本各地の秘宝館の看板に使われてるのとよく似たフォントですわね。

オリオン座の手前辺りで左に折れると「電気館通り」と外灯の看板に書かれた裏通りが続いている。このへんも寂れっぷりが激しい。建っている店の殆どが廃屋同然なのだ。

電気館通りに入ると程なく左手側にオリオン座よりも一段煤けた佇まいの「高崎電気館ビル」が現れる。ここもオリオン座と同じ映画館だったビルだ。「電気館」と聞いてそれが映画館であると即座に連想出来るのは戦前世代までだろうか。明治時代に浅草に建てられた日本最初の常設映画館の名前で「銀座」の名が全国の商店街に広がったかの如く「電気館」の名が全国の映画館に普及していった。

現在の高崎電気館ビルは廃業した映画館はそのままに一部分がスナックや居酒屋などに使われている状況のようである。

そんな電気館ビルの周囲が何だか胡散臭過ぎて笑える。なんだよあの真っ黒に塗りつぶされた木造家屋は…所謂「黒い家」というやつでしょうか。

しかしその建物には店舗らしき看板が…「ラブラブ スッキリランド」なんじゃこりゃ。名前から察するに十中八九ソッチ系の店でしょうね。しかし明け透けで笑えるネーミングだこと。スッキリランド。

そして夜の中央銀座は俄然怪しさを増す。一部の飲食店が開いている程度でアーケード街は真っ暗になる。そんな中で存在感を強めていたのが怪しげな店の数々だ。

夜の商店街に立つのは客引きの姿。寂れて死にそうなかつての中心商店街は夜の街として生き続けていた。高崎に住む地元民でも夜の中央銀座は怖がって近づかないような危険地帯になりつつあるという。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。

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