これがうどん県の実力…高松・片原町駅前「パラダイス通り」とその周辺を歩く 

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この片原町駅西側の一角、実は高松市による再開発計画の予定地に入っている。密やかに余生を送る元赤線地帯の住人が居なくなれば、きっとこの風景も見納めになる事だろう。

2本並んだパラダイス通りの西側の路地は結構な歯抜け状態となっている。奥に見える高層マンションは再開発で新たに出来た「むうぶ片原町」である。新旧交代の波はすぐそこまで来ている。

この辺りは再開発後にはホテルやシネコンなどが入ったつまらない複合商業施設になるようです。どこの街もやる事が画一的過ぎて萎えるなあ。この建物を残したままでうどん屋でもやってればいいのに。

ふと路地の片隅に目をやると、昔の片原町駅周辺の手書きの地図看板が置かれていた。これは素晴らしい。昔この界隈にどういう店があったかひと目で丸分かりだ。

「ローンズコトブキ」「山王クレジット」「高松大劇パラス」「アレンジボールピノッキオ」「泥棒貴族」「夜間学校」「魔女の館」「高松ハワイ」「夜間保育所」(保育の字が消されている)などなど、昭和のエグ味100%のラインナップとなっております。さすが元赤線地帯は違うな。

地図の縮尺が無茶苦茶縦長になっているので地図の左端が三越百貨店まで行ってしまっている。まあその手前までは胡散臭ゾーンなのは分かったけど。ちなみに片原町駅周辺だけを拡大してみるとこんな感じ。すんげー濃ゆいっすね。

少なく見積もっても30年以上昔の昭和丸出しな看板が未だに残されているというのが奇跡的な訳なのだがこれらの店も今は殆ど消えてしまったのだ。かつての高松の繁栄をまじまじと感じさせてくれる。うどんを食べに来るだけの場所だと思ってたのに。

パラダイス通りの北側の道はまだ心なしか繁華街の名残りを留めており昔からの中華料理屋やラーメン屋などが軒を連ねている。あらあら、うどん県にしては珍しくうどん屋が見当たりませんぜ。

うどん県高松市民はラーメンを食べる習慣が殆どないので街角のラーメン屋の割合も少ないと聞いた訳だが、あるにはあるんですな、こんな見捨てられたような場所に…

こちら北側の一画も再開発予定地でかなり取り壊し工事が進んでいて殆どの土地が平面駐車場に変わっているが、パラダイス通りのスナック街が僅かに残っているのが見られる。夜間保育所も夜間学校も既に存在しないようだが…

サッポロラーメン屋の隣に「スナックらくがき」。壁一面の細格子。店の名前の割には落書きしづらそうですね。

サッポロラーメン屋の脇から袋小路の路地が伸びている。そこにも申し訳程度にスナック街の残骸がある。こっちも既に商売辞めちゃったっぽいですけどね。

突き当りで終わりかと思ったら右側に路地が続いていた。こういう展開はちょっとワクワクさせられますな。ちなみにさっきの地図で見ると突き当りにあったのが「ローンズコトブキ」だ。

そして地図にあった「夜間保育所」はこの路地の奥にひっそり存在していた。まだ看板が残ってるんですよ「夜間保育カナリヤ」って。こういった色街にある夜間保育所ってどういうお母さん達が使っていたのか、想像に難くないですよね。

袋小路にサラ金と夜間保育所、それにスナック街と昭和の貧しさを匂わせる濃密な路地は殆ど廃墟となりながらも形を留めていた。やけに所帯じみたガラクタ置き場となっているがこれらもパラダイス通りの一画を担っていたのであろう。

ビリビリに破れたスナック店舗のテント看板。ここだけ時を止めて長引いた昭和の終わりに、ただ静かに解体される時を待っている。


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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