特攻兵器・人間魚雷“回天”の島…周南市「大津島」上陸記 

山口県周南市(旧徳山市)は戦後に瀬戸内コンビナート地帯の工業都市として栄えてきた街だが、戦前までは海軍燃料廠があり、戦時中には市街地が空襲を受けて壊滅状態になるなどしてきた街だ。戦争末期に追い詰められた日本海軍は「人間魚雷」と呼ばれた特攻兵器「回天」を開発した。その特攻隊の基地があったのが徳山市街地の沖10キロの位置に浮かぶ大津島だ。

この大津島へは徳山港から1日9便出ている大津島巡航のフェリーに乗って行く事が出来る。徳山駅の新幹線口を降りると港はすぐ近くにある。

乗船料金を払いチケットを片手にフェリー乗り場に入る。ドック入りの為か運航予定が代わり右側の「鼓海Ⅱ」ではなく左側の小さな船に乗って行く事になった。

それはいいのだがフェリーの名前まで「回天」だった。お願いだから特攻しないで。普段の運航スケジュールでは乗れない船なので、レアな体験だったかも知れない。

で、回天の特攻隊基地跡に近い馬島港でフェリーを降りる。寄港順によって所要時間は片道20~40分掛かる。観光客半数、島民半数といった所か。

この島を訪れる観光客が見に来るのは「回天」の特攻隊基地跡以外にない。よって島の入口にもでかい看板が掲げられている。「ようこそ回天の島 大津島へ」

大津島の人口は400人程度で、島の7つの集落に分かれて暮らしている。馬島集落が最も大きな集落のようで、島の小中学校もここにある。で、こんな離島にも公明党ポスターかよ…

回天基地跡や記念館といった施設は集落からやや離れた場所にあるため島の中を少々歩く事になる。人間魚雷に乗り込んで命を散らした特攻隊員の供養に平和観音が置かれている。

道中見かけるのは「大津島ふれあいセンター」という施設。夏場の林間学校に使われそうなコテージが並んでいる。漁師食堂も併設されているが夏の海水浴場シーズンにしか開いておらず、島の中で飯を食う場所に困る羽目になるので、食事は島に来る前に済ませた方が良い。

フェリー待合所とふれあいセンターの間にある大津島公園。ここも例外なく高齢化と過疎の島で子供の姿が殆ど居ない。この土地も飛行科の兵舎として使われていたそうで、公園の入口にあるのは兵舎を囲んでいた板塀の門柱だった。

ちなみに大津島自体は元々あった2つの島が陸続きになっているのだが、その繋ぎ目にあるのがこの大津島公園になる。公園の向こうにはすぐ海岸線が現れるのだ。

その海岸線の向こうに回天の発射試験場跡が見える。桟橋で結ばれた沖に大きなコンクリート建築が残されているのだ。

ふれあいセンターの隣にある大津島小中学校。かつては島の3ヶ所に小学校が2つ、中学校が1つあったのだが人口減少で統合され、かつての馬島小学校が島で唯一の小中学校として機能している。なお小学校は2012年4月から休校中だ。

そんな学校の敷地にも変電所跡の建物や点火試験場、危険物貯蔵庫跡といった遺構が残されている。この大津島はまさしく戦争遺跡の島であるといっても良い。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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