三井三池炭鉱で栄えた鄙びた港町の赤線地帯…「大牟田市三川町」を歩く

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福岡県 大牟田市 三川町

三池港の目前に広がるかつての盛り場、大牟田市三川町一帯。ひとまず表通りの目に付く物件をさらりと眺めたところで、裏手のごっちゃごちゃした区画を見ていく事にする。三川町四丁目の例の旅館があるあたりのT字路を海側に折れると、突き当りに煉瓦造りの建物が現れる。足元には大牟田市の案内看板があり「サンデン本社屋(旧三川電鉄変電所:国登録有形文化財)」と書かれていた。この三川電鉄というのは、三池炭鉱専用の貨物鉄道だったもので、この元変電所は明治42(1909)年に建造されたものらしい。

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しかしそれより気になるのは、煉瓦造りの元変電所の目の前に広がる、またしても怪しげなスナック街。まだ当方のセンサーがピコンピコン反応しだしたぞ。さすが元炭鉱町だけあって「酒蔵やま」というネーミングも乙過ぎる…

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しかも、これまで旧メインストリートには人っ気が全く無かったものが、このスナック街の付近だけ地元民のおばさん達がたむろしていて、急に生活の匂いもプンプン漂い始めてくる。ある意味ここが福岡県最南端の盛り場と言えそうな場所だが、端から端まで濃ゆすぎでしょ、福岡県…

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現地住民が見ている中で写真を撮って回るのも気が引けるが好奇心には勝てん…この路地沿いには両サイドにスナック店舗があり、空き地や廃屋と混在している他、地元民の路上駐車もやたらと多い。こういう場所によそ者がうろつき回るのは、先ず以て場の空気を読んどいた方が身の為かも知れませんね。それ以前に福岡県ってだけで身構えますね…

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ここも元スナック兼住居だった家屋であるようだが、既に廃屋と化していて屋根瓦から基礎の部分から壁の一部までかなり自然崩壊が進んできていて見た目にもアレ過ぎる。

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未舗装の路地の奥もびっしりスナック街。「ティーダ~太陽~」か…沖縄がご先祖のオーナーとかでしょうかね…

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そのまま裏通りをほっつき周りましたが、半数以上ナチュラルに廃墟化している棟続きのアパートが残っていたりと、やはり廃れっぷりは表通り以上のものがあった。

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マジで空き地か廃屋か車の墓場みたいなもんしかないので、昼間でも不気味だと思えるような状態の町並みにゾクゾクしそうなんですが、三池炭鉱閉山前まではこれらのアパートにぎっしり港湾労働者が詰まっていたのかと想像すると、栄枯盛衰を感じますな。

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大牟田市自体、福岡県内でもトップクラスの人口減少率と高齢化率で、1970年と2010年で比べても人口は17万5千人から12万3千人にまで落ちている。炭鉱町の宿命なんでしょうかね、西鉄で天神まで一本で行けるのに…

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歩けども歩けども、見えてくるのは廃屋ばかり。いつしかドラクエ4に出てくる滅びた鉱山町アッテムトのBGMが脳内を駆け巡ります。

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長期間放置された、かつての炭鉱住宅と思しき平屋の建造物。その玄関口は金網で塞いであり外部の侵入者を防いでいるつもりだが、雑草が伸び放題でそもそも中に立ち入れる状況には見えない。

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特にここいらの家屋なんか言葉で言い表せない程の侘び寂びを感じさせてくれますね。何年放置されたらこんな状態になるんだよ…

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上部がかまぼこ型のカーブを描き縁取られた窓を持つ2階建ての住居。その大きさといい、共同アパートの成れの果てなのか、個人の家にしては少しばかり大きいように感じる。さらにその隣に同じ色の外壁を持つ、妓楼のような佇まいの家屋が並んでいるのを見ると、尚更邪推したくもなる。

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廃墟と赤線跡が好きな方には非常に満足して頂けるのではないかと思った福岡県最南端の街、大牟田市三川町の風景でした。


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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