東海地方最大級の遊郭跡・名古屋「中村遊郭」の絢爛豪華な妓楼と街並み 

尾張名古屋は城で持っていたらしいが遊郭でも持っていた。現在も名古屋市内各地には遊郭跡、赤線跡が点在していて当時の面影を偲ぶ事が出来る。で、やってきたのが地下鉄東山線の中村日赤駅。名古屋を代表する遊郭である「中村遊郭」への最寄り駅だ。あまりにも有名な場所なのに、これまで来た事が無かった。

この東山線というのも名古屋駅から栄や今池など東に向けて行く電車と高畑方面の西に向けて行く電車では客層や混雑度が全く変わる。名古屋駅から高畑行きに乗ると通り掛かる中村区や中川区という下町エリアにはなんだかほったらかしモードな街並みがだらだら伸びているのだ。

中村日赤駅というだけの事があって駅前に名古屋第一赤十字病院のご立派な建物がそびえている。建て替えて真新しくなった事もあって随分明るい印象を受ける。ちなみに名古屋には昭和区にも赤十字病院があって、やはり最寄り駅には八事日赤という名前が付いている。

病院敷地には建て替え以前の旧本館玄関がそっくり残されていてモニュメントと化していた。名古屋第一赤十字病院は大正12(1923)年に日本赤十字社愛知支部が地域の貧困救済のために作った無料診療所が前身で、その後の昭和12(1937)年に落成した鉄筋コンクリート3階建ての旧本館の玄関がこれ。

そんな赤十字病院の敷地を通り過ぎてその先へと向かう。中村遊郭があった場所は中村日赤駅から徒歩10分くらい。その道中にある風景は終始ベタな下町的テイスト。潰れたお好み焼き屋なんぞがあったりして寂れっぷりを感じさせる。

きっと昔は乳母車なんかを売っていたはずのベビーセンターも今では老人向けの手押し車が売られている。まさに少子高齢化を象徴するかのような光景。実際道行く人もきんさんぎんさんみたいなジジババばかりだしこのうらびれた街並みに漂う哀愁は異常。

中村遊郭へと続く道すがらにある古びた街の食堂、きしめんと大きく書かれているあたりが名古屋らしい。

そうこうしているうちに中村遊郭跡のランドマーク的建物であるショッピングセンター「ピアゴ中村店」(旧ユニー)が見えて参りましたよ。気づかぬ間に遊郭の内側に入っていたようです。

中村遊郭はこのピアゴ中村店があった土地にかつて遊郭の組合事務所が存在し、ここが遊郭の中心地だった。さらに遊郭の四隅に斜めに走る道があり、内部は吉原遊郭を模して碁盤目状の道路が敷かれている。廓の外周は幅一間の堀で囲んだ不等辺八角形を呈していて、外側から廓の内部を覗く事が出来ない構造になっていたのだ。

って、言葉で説明しても解りづらいのでこの際地図で見た方が手っ取り早い。今でもくっきり遊郭の特徴である街路が残ってますよ。吉原もそうだったけど、中村遊郭も全く同じなんだね。なお、中村遊郭成立当時からあった大門町、寿町、羽衣町、日吉町、賑町という地名はそのまま現存している。遊郭の区画はこの5つの町で形成されていて「五丁町」とも呼ばれていた。

このピアゴ中村店は本当に普通のスーパーになっていて地域住民の貴重な日常生活の場としてフル稼働している。ひっきりなしに買い物客がやってくるが、ここがかつての遊郭の中心だった訳です。

んで、このピアゴ中村店の真ん前の道が今でも現役バリバリの色街。ぶったまげな光景である。まあ吉原遊郭だって同じようなもんかも知れんが、あっちはまだ一般ピープルが近寄らないオーラが漂っていて明らかに普通ではない空間なのだが、名古屋ときたらこのごちゃ混ぜっぷり。

しかし名古屋にあるのになんでインペリアル福岡。ピアゴの玄関真向かいという絶好なロケーション、入店しようとすると買い物客にじろじろ見られそうで、どうなのかと思うのだが気にしない主義なのか名古屋人は。

ネーミングがそこはかとなく昭和臭な店。近所には令女プールというのもある。恐らく姉妹店か何かだろう。

そしてどの店も古臭いままの佇まいで素敵。これぞまさしく昭和の「パラダイス」であろうか。

当然ながら日が暮れると向かいのスーパーに負けじとネオンをギラギラ輝かせながらお客を誘いこもうとしている。今夜のおかずはどっちで買おうかな。どっちでもええがな!

ついでにピアゴの屋上駐車場に登ってみると周囲の街並みがよく見渡せてオススメである。中村遊郭跡もかなり現役時代の妓楼が残っている土地でもあったのだが、近年は建物の解体が進んでいて徐々に往時の面影は失われている。

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