沖縄の道の駅は濃ゆい 米軍嘉手納基地と黙認耕作地が丸見え「道の駅かでな」

沖縄に来ると道の駅まで本土のそれとはちょっと違っている。本土の場合は公共の税金をたっぷりつぎ込んで結局は残念な地元民の溜まり場みたいになってたりするオチが多いが、やはり沖縄の場合は例外なく観光客だらけで駐車場は「わ」ナンバーばかりになっていたりする。しかしその中でも「米軍基地が一望できる」という事をウリにした「道の駅かでな」は沖縄が置かれた基地の島の現実を見る事が出来る場所だ。

嘉手納町 道の駅かでな

道の駅かでなは極東アジア最大の軍用飛行場を備えた「米軍嘉手納基地」の北端部に隣接していて、嘉手納町と沖縄市を結ぶ県道74号線の途中に立地している。場所柄か知らんが米軍基地を眺めにやってきた観光バスなんかもよく止まっていて、結構賑わっているのだ。建物は2003年オープンでまだ真新しいが、それ以前は「ロータリードライブインUP-KITTY」のレトロな店舗があった。現在も同店舗が道の駅の2階に入居している。

嘉手納町 道の駅かでな

この道の駅かでなの4階から、米軍嘉手納基地が一望できるというので寄ったのだが、道の駅が出来る前は県道を挟んだ向こうにある「安保の丘」と呼ばれている高台の上がビュースポットだったらしい。しっかり設備の整った道の駅で、4階まではエレベーターで楽に行ける。

嘉手納町 道の駅かでな

これが道の駅かでなの展望場から見える米軍嘉手納基地である。あまりにだだっ広過ぎて何がなんだか…そりゃ嘉手納町の町域の83%が基地だというんですよ。特殊過ぎる街の事情である。なおかつ嘉手納基地の敷地は隣接する北谷町、沖縄市にも跨っていて、地図上で見れば相当でかい事が分かるだろう。

嘉手納町 道の駅かでな

嘉手納基地の面積は羽田空港の倍。3700メートルの滑走路が2本、200機近い軍用機があり、年間離発着回数は年々減っているとは言え2011年度で約3万6千回。普天間ほど住宅密集地ではないが、やはり周囲は宅地化が進んでいる中で、訓練中の戦闘機が時折轟音を放ちながら離発着をしている姿が見られる。

嘉手納町 道の駅かでな

本来なら基地と戦闘機を眺めにやってくる場所なんだろうが気になったのが嘉手納基地のフェンスと手前の県道との間に広がる怪しげな耕作地の存在。これも沖縄でしか見られない「黙認耕作地」と呼ばれている代物。一応米軍基地として占有されているとは言え米軍が遊ばせている土地を、元々の地主などが耕作地として使っているケースが多い。

嘉手納町 道の駅かでな

よく見たら耕作地自体フェンスの内側にあって、その中に様々な作物が植えられているばかりかトタン張りの掘っ立て小屋まで何軒も建てられているという本格的な状態。ちなみにここから近い沖縄市大工廻(だくじゃく)付近にもこうした黙認耕作地が多数あり、ブラックマーケットなどとも呼ばれるあの「ベトナム通り」もある。

嘉手納町 道の駅かでな

道の駅かでなの展望場から黙認耕作地で畑仕事をしている地元民の姿が眺められる。なんだか多摩川のホームレス村みたいな風情が漂うが、身元の分からんホームレスではなく元の地主がやっていたりするので、不法使用だと分かっていても役所サイドもあまり強気には出られないそうで。

嘉手納町 道の駅かでな

この日展望場には沢山のカメラマンが押しかけていてちょっと独特な雰囲気を放っていた。機材が本格的過ぎて趣味の人なのかマスコミなのか見分けがつかん辺りなんとも…折りしもオスプレイ配備から間もない時期でマスコミの方々も飛び回る米軍機を追い回すのに必死なのかも知れんが。

嘉手納町 道の駅かでな

道の駅かでな3階には立派な学習展示室がある。戦前の嘉手納は那覇からの軽便鉄道の終点で本島中部の交通の要衝になっていた街だが、旧陸軍航空隊沖縄中飛行場が建設され、その後の地上戦で米軍との激しい戦闘が繰り広げられ、戦後に接収されて米軍の拠点基地として拡大拡張が続けられ、朝鮮戦争やベトナム戦争などの出撃基地にもなりました、という歴史を一通り知る事が出来る。

嘉手納町 道の駅かでな

2階にある「UP-KITTY」では沖縄らしいガツ盛り系ABCランチやハンバーガーなどが食える。道の駅に入居してからは真新しい佇まいになってしまったが、玄関口にやたら芸能人のサインが置いてあったりする。本当にどうでもいいけどメロリンQがいますね。そして「まいうー」のサインがあると途端に萎えるといういつものパターン。ジャンボハンバーガーが有名なのだが、さっきシーサイドリストランテで食ったばかりだった。

道の駅かでな

営業時間 09:00~18:00

沖縄県中頭郡嘉手納町屋良1026-3

沖縄県中頭郡嘉手納町屋良1026-3


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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