無断放置の千羽鶴と偏向教育の現状…長野市・松代大本営跡「象山地下壕」 

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象山地下壕の500メートルの部分だけは一般公開されており、朝9時から夕方4時まで誰でも無料で見学することが出来る。受付に名前と自分の住む都道府県名を書き記した後、向かいの物置に入ったヘルメットを各自取り出してから地下壕の中に入る事になる。

我々が訪れた時も団体客が大勢訪れていて、象山地下壕の案内役の説明に聞き入っている。どこかの市民団体だろうか。

案内役の説明を聞く以前に、既に地下壕入口付近には沢山の案内看板が置かれているのでそれを読むと概要は理解出来る。

地下壕の運営は長野市がとある民間会社に運営委託した上で行っていて、この看板の後にはウンコが全然流れない簡易トイレなども置かれている。便意を催すのであれば事前に別の場所で済ませた方が良い(管理も大変そうだし)

その横には地下壕の地図が2つ掲げられている。立体的な鳥瞰図と平面の案内図。

見れば分かるが、縦横無尽に掘り尽くされた坑道のごくごく一部だけが公開範囲になっているのである。総延長10キロ、これだけの規模のトンネルをわずか9ヶ月で?唖然…

傍らには「不戦の誓い」の石碑。「長野地区労働組合評議会 建立」とある。労組、ねえ…

不戦の誓いの石碑よりもさらに巨大な石碑が地下壕入口の右脇にある。さらに周囲にはムクゲの花が植樹されているように、これは「朝鮮人犠牲者追悼平和祈念碑」。日本語とハングルが併記されている。

昼夜を問わない過酷な突貫工事で、集められた労働者の中には不慮の死を遂げたものも多い。それは日本人・朝鮮人を問わないはずであるが、ことさら朝鮮人の追悼碑だけが大きく目立っているのはどうしてだろう。

ちなみに工事初期のうち、坑道で働く労働者は朝鮮人7000人、日本人3000人の割合だったと言われているが、戦時中の非常時もあって当時の犠牲者について詳細は殆ど明らかにされていないという。

足元には沢山の折り鶴。これもよく見ればどこぞの学校が修学旅行の際に置いていったものだ。しかもなぜか関西地方の学校の名前ばかりが。まだ世間をよく知らない子供を相手に思想の偏った教師が「朝鮮人のひとびとがかわいそうな目に遭った場所」などと一方的な史観を植え付けられているのだろう。

追悼碑の他にも、朝鮮人犠牲者を弔う目的で韓国国花のムクゲ(木槿)と、同じく韓国で馴染みの深いレンギョウ(連翹)が至る所に植えられている。

さらに日本語・韓国語・英語の三ヶ国語で書かれた追悼碑の案内看板まである。「植民地」「強制労働」「強制連行」「アジア侵略」「民族差別」などとお腹いっぱいになりそうな文言がずらりと並ぶ看板、その下には「松代大本営朝鮮人犠牲者慰霊碑建立実行委員会」の名前がある。

ともかく一方的なプロパガンダばかり見せつけられるのでゲップが出そうになるが、そこは堪えるしかない。

地下坑道に入る前からもう既に頭が重くなってしまった取材班。しかしここに入らずに帰る訳にもいくまい。

終戦間際には全国各地にこうした地下壕が突貫工事で掘られており、関東では埼玉県の吉見百穴にある中島飛行機の地下工場などが有名である。しかし松代大本営ほどの大規模の地下坑道はどこを探しても他に見当たらない。

入口部分はしばらく狭い区間が続き、大の大人が入ると窮屈でしょうがない。真夏にも関わらず入口に立つだけで物凄く冷たい空気が流れてくるのだ。束の間の避暑には最適だね、と呑気な事を言っていられるのも平和ボケであるからこそ。

この中にあるのは大勢命を落とした労働者の魂と敗戦の歴史を刻んだ負の遺産そのものなのだ。

しばらく歩いていくとそのうち坑道が開けて、大人でも腰を屈める事なく歩く事が出来る。凄まじい冷気でカメラのレンズも眼鏡のレンズも曇ってしょうがない。時折コウモリが飛んできたりするが怖気付かずに前に進むべし。

しかしこんな場所を修学旅行の定番コースにしている学校ってどこの学校だよ…

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。

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