名古屋から近鉄の急行電車に乗って片道22分、木曽三川を臨み、「その手は桑名の焼き蛤」の口上で老輩方には有名な三重県桑名市は、三重県下で随一の名古屋のベッドタウンでもある。四日市ほど大きな街ではないが、駅前にはそれなりに商業施設も固まっていて、そこそこ発展している街という印象がある場所だが…
桑名駅前に降り立つと、立派な駅前ロータリーと駅周辺にある高層マンションなんかがベッドタウンらしさを放っているが、実際の中心市街地からはかなり西に外れた場所にある。JRも近鉄も駅が同じ場所にあって、改札口まで同じなので迷いそうになるのだが、ここから名古屋に通う住民も多いようだ。名古屋駅からの所要時間で言えば充分通勤圏にある。
しかしそんな駅前で最も目につく建物が6階建ての、こちらのたいそう古びた複合商業施設ビル。桑名駅と直結しており、なおかつ上層階は住居フロアにもなっている。再開発ビルの走りのような存在にも見える。桑名市桑栄町という住所から「桑栄メイト」という名前が付けられている。
桑栄メイト(桑栄ビル)が桑名駅前に出現したのは、今から40年少し前の昭和48(1973)年。同時期に行われた駅前再開発事業の目玉として建設されたもの。ビルの二階部分が駅前のペデストリアンデッキに直結している。JR・近鉄、さらには桑名から伸びる養老鉄道や三岐鉄道北勢線(西桑名駅)の利用客が行き来する動線にあり、人通りは多い。「心 ふれあう 桑栄メイト」の看板もザ・昭和な感じのセンスで良い。
で、自動ドアにはなっていない手押しのガラス戸を引いて桑栄メイト2階の飲食店街に入るのだが、まだ朝が早かった事もあり一部の喫茶店以外はシャッターを下ろしたままになっていた。このビルの通路を大勢の通勤客が行き来するので、店は開いてなくとも人通りは常にある。
朝10時くらいになるとそのへんの店もぼちぼちシャッターを開け始め商店ビルらしい装いに変わる。蛇足な話になるが、店の人のしゃべりを聞いていると、やっぱり名古屋よりも関西臭が強い。桑名の人がしゃべる伊勢弁(桑名弁)は関西のイントネーションで、旧桑名市と旧桑名郡長島町の間を流れる揖斐・長良川が言語の境界線らしいっすよ。
2階の飲食店街、レトロな佇まいの喫茶店もいくつかあって、桑名市民(特に高齢者)のオアシスになっている模様。やはり喫茶店多めなのは名古屋文化圏から外れていないせいだろうか。
朝っぱらから開いてる喫茶店「桑栄ルール」。ワンマンキャラの店主がしゃしゃり出てきて「俺がルールだ」とか言う感じは全くなさそうだが名前はルール。恐らくここでも名古屋式モーニングが食えるのだろうが、今回どうしても入りたい店があったのでスルーした。
2階は「味の街」だなんて名前が付けられているのね。目の前の階段を降りて1階に行くと「名店街」で、ここは古臭いオバ服屋や呉服屋なんぞが立ち並んでいてあんまり用事も無さそうなので割愛。ちなみに3階には歯科、眼科、薬局、美容室などが、4階には民間オフィスが入居し、5階と6階が住宅階になっている。
飲食店街の傍らにある階段とエレベーターで上層階のオフィスや住宅、1階の店舗や地下階の飲食店街にも行ける。このへんの看板とか壁とか階段とかも昭和仕様がそのまんまで、来た事もなかったビルなのに不思議な懐かしさがこみ上げる事請け合い。
2階から地下1階までの間の階段を見てみると、昭和ムード満載な矢印型ネオン看板が壁に据え付けられているのが目につく。縁に並んで付いていたはずの豆電球が半分以上外されている。
さらには地下方面にも同じ矢印型のネオン看板が。こちらは矢印の先が下を向いていて、なんとか豆電球が半分くらい生きていて、テカテカと光っているのだ。「飲食店・スナック」と書いてあるのが気になって、掃除中のおばさんに訝しがられながらも地下に降りて様子を見る事に。
地下1階に降りると、中央の通路は殆ど消えたまま、ほぼ全ての店がシャッターを降ろしていて、かなりオワコン状態が酷い。手前のパブスナックが一軒だけ現役みたいだけど、他はもうダメっぽい。
ここには「ダイエー」というゲームセンターもあったらしいのだが、店名の「ー」の伸ばし棒が勇者の剣を象っているらしいオツなデザインの看板だけを残してもぬけの殻になってしまっている。某スーパーとは関係がないようです。
地元のヤンキーがくすぶってました的なうらびれた店構えのゲームセンター入口。スーパー業界も桑名のゲームセンターも、ダイエーと名のつく店舗は時代の終わりを迎えつつあるようで、それがイオン王国三重県の宿命のようです。
それから桑栄メイトの外観部分に貼り付けられたローカル餃子チェーン「餃子の新味覚」の看板もこれまた古臭さ満点で良い。本店は四日市市久保田にあるが、桑名店も非常に歴史が長い。餃子をつまみにビールや牛乳を呑む店です。まだ時間が早くて店も開いてなかったので外から見るだけで済ませた。
で、この桑栄メイトの2階には、一部の人々にとっては「懐かしい」と思わず声を挙げてしまうマイナーなハンバーガーチェーン店「ドムドムハンバーガー」の店舗が現存している。象のキャラクター「ドムぞうくん」のロゴも昔のまま、かつてはダイエーの店舗内に入居し全国展開していたが、ダイエーの失速とともに店舗数を減らし続け、今では東海地方に残る2店舗のうちの1つがここ。(残りの1店舗は名東区のダイエーメイトピア内にある)
桑栄メイトのドムドムはかれこれ30年以上前から営業しているそうで、さながらファーストフード界の化石である。店内の内装もその当時のままと思われる。ハンバーガー屋というよりも定食屋のオヤジかよと思えるフランクな応対が特徴的な初老のおじさん従業員がハンバーガーを運んできてくれる。
今でこそ地味な存在だが、実はドムドムハンバーガーは当時日本返還前だった沖縄を除く「日本初のハンバーガーチェーン」である。昭和45(1970)年、日本にマクドナルドが進出する時、マクドナルドのアメリカ法人と中内功氏率いるダイエーとの交渉が決裂して、その後ダイエー側が独自路線として「良い品をどんどん安く」の「どんどん」から屋号を取りドムドムハンバーガーを開業した経緯を持つ。(現在はダイエー系列の子会社オレンジフードコートが運営)
なので、ダイエーの店舗にあるハンバーガー屋には必ずドムドムが入っていたのだが、後にウェンディーズバーガーとの業務提携で、既存のドムドムをウェンディーズに衣替えし、ドムドムの店舗数は減少、ドムドム生みの親であるダイエーもイオンに呑み込まれブランド消滅という区切りを迎える中、もっぱらレアな存在になりました。
この桑栄メイトも見た目の老朽化がなかなかキテるのもあって、建て替えが検討されているらしいんですが、もしそうなったらドムドムハンバーガーも無くなるんでしょうか。まだ具体的な計画は挙がっておらず、未だに懐かしい姿を留めているのが救いだが…なるべく現存しているうちに名古屋から少し足を伸ばして、この昭和な空間を満喫して頂ければと思う。