これぞバブルの遺産!北海道に君臨していた巨大レジャーランド「旧北の京・芦別」と北海道大観音 

<3ページ目を読む

宗教テーマパークか「十二支苑神宮寺」を歩く

旧「北の京・芦別」でとりわけ宗教テーマパーク的色彩が強い施設が屋外に設けられた広大な「十二支苑神宮寺」と呼ばれる一画。聖徳太子と十二支が祀られた神社があるというのだが、ひとまず拝観しに行く事にする。

十二支苑にも何やら「聖徳太子と十二支の伝来」などと書かれた案内板が掲げられている。一応ながら奈良市にある新薬師寺の北の礼拝堂とされ、れっきとした寺院であるらしい。

さらには「易学 十二支の性格判断」と来たもんだ。血液型占いといいこの手のものはあんまり関心がない訳だが…読者の皆さんご自分の生まれた年の干支で見て下さいね。当たってますかね。さあね。

目の前には先程登ってきたホテル五重の塔が堂々とそびえ立っている。五重の塔だけど登ってみると10階建てというサプライズもありましたね。今回は日帰りだったけど次は泊まりたい。

十二支苑神宮寺に入るとのっけからの鳥居ラッシュ。まるで伏見稲荷大社のようなテンションであるがこの鳥居の一つ一つにも干支の名前が刻まれている。この異様なまでの十二支へのこだわりは何なのだ。

鳥居を潜り終えた後には聖徳太子堂。傍らに由来が書かれている。芦別市開拓の時代に村人が法隆寺の御神体である聖徳太子を頂いたなどと説明にはある。ただの前オーナーの趣味という訳ではなくきちんと由緒のあるものなのね。

樹齢1200年と説明に書かれた巨大な桂の切り株の中に収められた愛染明王は夫婦和合のご利益ありとの事。これだけ本格的なお寺なのに経営母体は宗教法人でも何でもないらしい。立ち位置的には、まあテーマパークですからね。

そして十二支苑神宮寺の肝と言えばこれ。これまたド派手な一画が…干支の神々が祀られた十二基の拝殿がぐるりと張り巡らされ、その中央には宝物殿が入るお堂が配置されている。

十二支の神様が鎮座するそれぞれの拝殿の周りには池が巡らされている。目の前の太鼓橋を渡って自分の干支の神様に参拝する流れになっているらしい。

拝殿の前にはそれぞれの干支の動物を象った銅像が据え付けられていた。どこか淋しげな表情の猿の親子でございます。

中央のお堂の一階部分には宝物殿があり中に入ると黄金の薬師如来像がお出迎え。「108の煩悩を払い幸せと健康を祈願」すればいいらしい。すすきので遊んできてすみませんでした。チーン。

この宝物殿の中を見ると大量にこのような記念写真が額縁に入れて飾られているのを目にする。「辰年会」「丑年会」など干支の生まれ年である方々が100人くらい勢揃いで十二支苑をバックに記念撮影している。

それも皆昭和50年代や60年代といった古い時代のものばかり。地元芦別市の市民であると思われるが過疎の寂れた炭鉱町だけあってこの時の市民の何割が今も街に暮らしているのか、ちょっと気になる。

飲めば長寿になれるっぽい「長寿の水」がちょろちょろ湧き出ていたがあまり手入れされている様子もないので飲むのは遠慮した。

宝物殿の上には八角堂ならぬ干支に合わせた「十二角堂」になっていてお堂の中でガラス越しに干支ごとの観音菩薩像が立っているのが見える。

中はガラスが反射して見えづらいのだが12体の観音菩薩像の中央に聖徳太子像が立っている。賽銭箱の前に立って参拝すると聖徳太子像の台座が電動で回転し参拝者の正面を向いてチーンと鐘を鳴らしてくれるというハイテクぶり…だったらしいがどうも故障してしまっている模様。

かれこれ出来てから40年以上経っている旧「北の京・芦別」の十二支苑神宮寺。かなり境内のあちこちにガタが来ている印象がしたが経営母体の変わった今では若干でも綺麗に修復されたんでしょうかね。

>5ページ目を読む


The following two tabs change content below.
新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
トップへ戻る
Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.