昭和レトロ感満載の商店街を満喫しつつ、次は小浜にあったという遊郭跡を目指す事に。小浜市街地から西に外れた小浜飛鳥、香取、大原といった地区がかつて「三丁町遊郭」があった所だという。旧町名で「柳町」というのもあって、確かにそれっぽい。柳町・猟師町・寺町の三つで「三丁町」。
「古い街並み 三丁町」の看板もデーンと建っていて、しっかり観光資源としてアピールしているので、場所が分からないという事にはならないだろう。三丁町に来るまでの街並みも充分古くて風情がある。少し距離があるが歩いて回る事をオススメしたい。
細い路地に、京都や金沢のお茶屋街で見かけるような細い千本格子の伝統建築群がみっちり立ち並ぶ光景が拝める。遊里ならではの艶かしさよりも、どこか整然とした印象が強い。祇園とかひがし茶屋街に近い印象ですわね。
三丁町遊郭跡を始めとするこの周囲一帯「小浜西組」と呼ばれる地区は「重要伝統的建造物群保存地区」の指定を受けていてこんな看板も掲げられている。
まあでもこれだけの建物がきっちり保存されているのは大したもんである。場所柄いかにもな観光客も少なくのんびりした空気が漂っているのが良い。まあ、個人的には広島県大崎上島の木江遊郭のようなボロボロの廃墟が立ち並ぶオワコン状態の街並みの方が萌えるのだが…そしてズタボロ状態の妓楼を見て「これが本当のバラックオバマか」と言いたかったのだが…まあこれはこれで。
落ち着いた料亭街となっているだけで至って物静かな住宅地の一角といった所の小浜三丁町。ここも連ドラのロケ地になったらしく「ちりとてちん」の案内看板が建っている。
江戸時代からの歴史ある「遊郭」だという事だが、街並みの上品さからして戦後に赤線地帯になったとか、他の遊里の歴史ならばありがちな展開はこの三丁町には無かったようでそのまま料亭街に変遷していった模様。
今でもあちらこちらに「料亭」の看板を掲げる建物が残っていて、京都の祇園などのお茶屋街がそっくりそのまま若狭に移ってきたかのような佇まいである。
弁柄色一色に塗られた千本格子のある伝統家屋。思わず息を呑む瞬間である。格子の隙間から遊女か芸子さんが覗いているような、そんな雰囲気すら感じさせる。
三丁町のお茶屋街に隣接する路地も飲食店やホテルがぽつぽつ店を構えていて、路地の真正面には寺の山門がひかえている。元遊里の風情は充分感じられる。
廃業したかつての大衆食堂だったと思しき建物の一つに目が止まった。重厚な印象のある建物で、玄関横にはめ込み型のガラスケースが据え付けられている。
二階の窓にある木製の手摺りに注目。コウモリと三日月の形が彫り抜かれている。これは三丁町が夜の街であった事を暗示していたのか…いやあ艶かしいですね。
他にも登録有形文化財のプレートが掲げられた大正14(1925)年築のモダン洋風建築「高島歯科医院」なんかもある。玄関上の六芒星がちょっと気になる建物だが歯医者さんとして現役ではないのだろうか。
同じく登録有形文化財指定を受けている「白鳥会館」。明治22(1889)年築で元々は薬品製造業者の店蔵だったという建物。築120年以上という事だが綺麗に残っている。遊郭跡というよりもむしろこのような歴史建築の見所が多いのが小浜の三丁町でした。