四方津駅前からはさらに歩道橋を跨いで、山の上のニュータウンに直結するコモアブリッジを通らなくてはならない。バブル期の土地事情がそうさせたとは言え、毎朝毎晩こんな人里離れた秘境から通勤とはたいそう辛そうなものである。「毎日森に帰る贅沢」というキャッチフレーズで土地を売り出していたというのは笑える。
歩道橋を抜けるとそのままコモアブリッジの建物に入る。正面のエスカレーターから上の乗り場へ向かう。橋というよりは、ちょっとした公共交通機関の駅みたいな感じだ。
「定礎」のプレートには竣工が平成3年11月5日とある。1991年、それはまさしくバブル崩壊の年。
コンクリート打ち放しの内装は近代的なイメージよりもむしろ寒々しさを与える。冬の夜に一人で帰ってくると、かなり寂しそうな空間。この先、高低差100メートルの区間を結ぶエスカレーターとエレベーターが現れる。
山の頂上までをまっすぐ結ぶエスカレーター。目の前で現物を見ると、その長さに圧倒されてしまう。随分派手に作ってしまったものだな。これが四方津駅のホームからも見えていた、森を劈く巨大なチューブの正体なのだ。
あまりにも長いエスカレーターはその途中で6基に分かれている。階段に直すと何段あるのかもはや数えられるレベルではない。さすがに長すぎるので単独のエスカレーターにはできなかったようだ。
住民の事はさておき傍から見ると酷く現実離れした山の上のニュータウンは、宮崎駿映画「千と千尋の神隠し」の冒頭シーンに現れる住宅街のモデルにもなっている。
やたら長いエスカレーターの他にも、斜行エレベーターが2基置かれている。ニュータウンへはこのエレベーターを使って登っていく事になる。
このエスカレーターとエレベーターが住民の貴重な足になっているためか、やたらと強調されまくる禁止事項の注意書きが目に付く。
コモアブリッジ名物の斜行エレベーターに乗る。通勤時間帯の利用者を想定して内部はそこそこ広い。腰の高さから上は全面ガラス張りで視界の良さを重視している。
1階、2階という概念はなく、進行状況はメートルで示されている。距離は200メートルでさほど遠くないようだが、とにかく動きが緩慢だ。上下間の移動には約4分を要する。
斜行エレベーターはその構造から、エレベーターというよりもむしろケーブルカーに近い乗り物だということが見て取れる。チューブの外から見える大自然。まさに「毎日森に帰る贅沢」を味わえる瞬間だろうか。
ちなみに他にもニュータウンの足として斜行エレベーターが置かれている場所で有名なのは兵庫県西宮市の名塩ニュータウンや、長崎市のグラバー園近くのグラバースカイロードなどが知られている。
麓から100メートル程登って、ようやくニュータウンの入口に来た。やはりこれで毎日通勤しろと言われると辛い。それでも利便性の良さでは大阪の茨木台ニュータウンとは比較にもならない程マシだが。
コモアブリッジの運行案内。電車が動いている時間は休まず運転しているようだ。設備の維持管理はコモアしおつ住民の共益費用で賄われている模様。
ニュータウンの住居表示は「山梨県上野原市コモアしおつ1丁目~4丁目」である。ひらがなカタカナ、おお、なんというゆとりネーミング。