満員の客を乗せたシャトルバスは片道15分掛けて分杭峠に辿り着いた。既に帰りのバスを待つ客で一杯になってしまっている。一度に客を乗せきれず、シャトルバスは何度も峠と麓を行き来している。バス会社もさぞかし景気が良い。
我々から見たらただの峠でしかないが、これが全国からパワースポットを求めて人々がやってくる「分杭峠」である。この地域の真下を中央構造線が通り、それに沿って南北に貫く国道152号線(秋葉街道)は伊那谷と南アルプスに挟まれた秘境地帯を浜松方面まで貫いているのだ。
分杭峠を訪れる人々は、この峠の上ではなく最も「ゼロ磁場」が出ているとされる「氣場」を求めて少し離れた場所に移動していく。すぐそばには標高1424メートルを示す分杭峠の標識と「従是北高遠領」の石碑が建つ。伊那市と合併した旧高遠町にかつて高遠藩と城下町があった名残りだ。
ここでゼロ磁場の力を信じている人々がやる事と言えば、ゼロ磁場の水が汲む事と、ゼロ磁場の力を感じながら森林浴を行う「氣場」に滞在する事である。氣場に至る道中には信仰心からなのか、賽の河原の如く石が積み上げられているオカルティックな光景が拝める。
「パワースポット」と華々しく持て囃すと途端に胡散臭く思える訳だが、分杭峠を求めてやってくる人々の願いは真剣そのものである。例えば末期がんなど治療不可能な病に冒された人々もこの場所を訪れ奇跡を祈る。恐らく藁をも縋る思いでこの場所を訪れた人が居るに違いない。根拠がないだの疑似科学だのオカルトだの言う声があっても、信仰とはそうした人々の真剣な祈りから始まるものかも知れない。
だが大半の客は登山とは無縁のハイヒール履きの姉ちゃんだったり、関西や名古屋あたりからやってきたと思われる家族連れがピクニック気分で来ていたりする。関西弁率の高さが妙に気になった。
だが現場は完全に大自然の只中にある。生々しい土砂崩れの後が自然の猛威をいやがうえに見せつける。やはり年に何度か土砂崩れもあるような脆い地形らしく、そこは念頭に置いておかなければならない。「崩落の危険があるため通り抜け出来ません」の看板を無視して、人々は崖崩れを横目で見ながらこの先の「氣場」を目指す。
日本最強のパワースポットらしい分杭峠の「氣場」に着きました
登山道を突き当たりまで進んだこのあたりが「氣場」と呼ばれる日本最強のパワースポットらしい。特にこの先の谷間の一帯が「ゼロ磁場」が最も強く出ているスポットらしく、そこにはかなりの数の人々が座り込んだり、深呼吸するなどして思い思いの時間を過ごしていた。この場所で人によっては何時間も居座ったり寝転んだりするのだ。
中にはブルーシートを地面に敷いて、その上で完全に爆睡したまま身動きしない人々もいる。「ゼロ磁場の氣」を体内に取り入れる為に最低でも1時間以上留まっているのが効果的とされ、特に避暑に最適な夏場には早朝にやってきて日暮れ頃までまるまる12時間以上居座っている強者も存在するとか。
突き当たりには滝の水が溢れ出ている所があり、人々は持参したペットボトルやポリタンクにその水を汲むために行列を作っている。麓でもポリタンクが売られていたのはここで水を持ち帰る為のものだ。
だがそこには伊那市による「この水は飲料水ではありません」の看板が。秘境だけに周囲に汚染源もなく飲んでも害はない訳だが、こう書いているのは「ゼロ磁場の秘水」を販売する地元業者への配慮なのかも知れない。
で、看板などお構いなしにみんな有難そうに水を汲んでいる。南アルプスの雪解け水から来ているのか、夏場でもかなり水温は冷たい。
しかし危険な岩場を登り詰めて、かなり高い場所から水を汲んでいる人の姿も。これも信仰心の成せる業であろうか。ゼロ磁場で身体を癒やす前に滝の上からすっ転んで大怪我してしまっては本末転倒である。
周囲では瞑想したり、付近の森林に向けて手をかざす人々の姿もある。こういうものを見ると、やはり「信仰」なんだよなあと思わずには居られない。「手かざし」と言えば崇教真光等の真光系教団を髣髴とさせますけども、ええ、似てますね…
さらに分杭峠の脇から谷に続く急斜面を下った先にあるもう一ヶ所の「氣場」がある。ここは先ほどまでとは違って狭い林道の中を抜けていく事になるので、ちょっと危なっかしい。100メートル程降りていった森の中に、さっきよりも大勢の人々が腰掛けているのが目に付く。凄いな…
さぞ有難そうに「ゼロ磁場の氣」を浴びる信心深い人々の姿。まるで大自然の観客席のような空間で、結構険しい急斜面に人が座る為のスペースが作られ、50人くらいの人々がじっと腰を下ろしているのだ。携帯電話いじってる人居ますけど、電磁波の影響でゼロ磁場の氣がダメになったりしませんか?あとそもそもこんな山奥で携帯の電波は入るのか?
個人的にはゼロ磁場とかそんな事以前にフツーに森林浴で気持ちが良いと思うだけなのだが、本気で病気が治ると信じている人々も居る訳で、感じ方は人それぞれである。鰯の頭も信心からという言葉も御座います。信心は真心でもあり他人がとやかく言うものではないのです。
ちなみに「ゼロ磁場」という言葉は、日本最大の活断層の強大なエネルギーがぶつかり合ってプラマイゼロになっていて、凄まじい気の力が溢れているという解釈でいるそうだ。
でも結局疑似科学にも疎い我々にはパワーとかヒーリングとか言われてもイマイチよく分からなかったので、どうしても気になる人は「分杭峠」などとキーワードを入れて色々調べて欲しい。香ばしいページが沢山引っかかるので(笑)
<注意事項>分杭峠は標高が高く積雪の影響で毎年4月頃まで冬季閉鎖になります。ちなみに2015年はシャトルバスの運行開始が4月15日からでした。参考までに。
参考記事
分杭峠 ゼロ磁場の情報サイト
やや日刊カルト新聞:「健康にいいパワースポット」という疑似科学
【ゼロ磁場】日本最強パワースポット分杭峠マップ