昭和な街並み、遊郭の名残り…日本が誇る大温泉都市「別府」は永久に不滅です

<4ページ目を読む

楠銀天街と元遊郭「貸席すゞや」

別府駅前から連なるアーケード商店街をひたすら南に下っていくと「流川通り」と交差する。その先にも「楠銀天街」というアーケード街がまだまだ続いているのだが、昔はこの辺りが別府の中心繁華街だったらしい。流川通りは昭和の初めに「別府の道頓堀」などと呼ばれていたメインストリートだったそうだ。道頓堀と形容する所がまた大阪との繋がりが深い別府ならではといった所だが現在では見ての通り寂れまくり状態。

で、正面の楠銀天街に入ってみると案の定レトロっぷりが凄い商店街な訳である。周囲の建物もより一層年季が入ってきている。

錆びたシャッターが降りたままの古い食品スーパーの残骸。なにせ目の前には2007年にオープンしたばかりの巨大な「ゆめタウン別府」の建物があるくらいだし、寂れた商店街にとどめを刺されてますよね完全に。

役割を失った商店街、廃墟化した市場を尻目にあまつさえ商店街沿いにソッチ系の店が建っているという有様。

この楠町あたりはかつて遊郭があった場所。北部旅館街にしろ浜脇にしろ別府には遊郭跡が非常に多い訳だが、スーパーマルショクがある楠銀天街の西側あたりがそうだったらしい。

また例に漏れずここにも韓国系スーパーや食堂が店を構えている訳ですがどれだけ別府に韓国人観光客が多いか、定番観光コース「地獄めぐり」に行くとその程が実感できますニダ。

マルショクの裏側あたりに確かに現在も遊郭跡の名残りらしい旅館が何軒か残っている。普通に人通りも多い場所なので北部旅館街のような煤けた感じはないのだが、右側に気になる建物がありますね。

これは見るからに元遊郭だった建物が喫茶店になりました系の店である。ひとまず別府の遊郭跡という括りでは有名店らしく結構色んな人が行ってブログでああだったこうだったと書かれている。後追いで悪かったですね。

店の名前は「アホロートル」…阿呆ではありませんウーパールーパーの事です。なんでこんな店名になったのかよく知りませんが…それでは入りましょう。

玄関に入るとそこで「いらっしゃいませ」ではなく、靴を抜いてお邪魔しますという流れになる。店は階段を上がった先の二階。

別府楠町遊郭に念願の登楼でございます。建物は昭和初期に出来たものらしいが概ねリフォームされているようで土壁とかも綺麗に塗り替えられているっぽい。瓢箪型の飾り窓が素晴らしい。

中庭に面した二階部分にはテーブル席、奥にトイレ、目隠しに遊郭時代の「すゞや」の暖簾が使われている。

手前の和室の方がそれっぽい雰囲気が濃厚なのでこちら側の席にお邪魔した。部屋の壁にも「貸席すゞや」と書かれた暖簾。北部旅館街の旅館かおり(旧・貸席香織)もそうだったが別府の遊郭の屋号には「貸席」の二文字が使われる事が多かった。

部屋の内装も元遊郭時代そのまま。他にも遊郭ならではのちょっとした小細工が隠された場所もあるのだがそれは現地に行ってのお楽しみという事にしとく。

部屋の片隅に置かれた重厚な陶器製の火鉢。そういえば喫茶店だった事を忘れていた。野菜カレーと鉄板焼きナポリタンスパゲティが看板料理となっております。

開け放たれた二階の窓から眺める別府楠町の街並み。ちょうどゴミの収集車が来てなんとも芳しい臭いが漂ってきた。色街の名残りはあまり見られない。


The following two tabs change content below.
新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。

トップへ戻る
Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.