戦後色街のマイノリティ! 静岡県静岡市の赤線跡を探す

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どういった訳か、ネットに赤線情報が上がることの少ない土地、静岡県。いわば赤線ルポ不毛の地とも言える同県なのだが、今回は静岡県の本丸、県庁所在地でもある静岡市の赤線跡を掘り起こしてみたい。以下、遊郭部(@yuukakubu)がお送りする。

お歯黒どぶをイメージしたおでんですかそうですか

お歯黒どぶをイメージしたおでんですかそうですか

両脇におでん屋が並ぶオツな光景

両脇におでん屋が並ぶオツな光景

まずは青葉おでん街でサクッと上顎の皮を剥がして、とっとと赤線調査に繰り出したい。

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廓からの系譜

そもそも赤線の前身とも言える同市の二丁町遊廓は、一般には知名度こそ低いが、その実、遊里史に欠くことの出来ない廓なのだ。江戸吉原遊廓設置の折、駿府(静岡)の遊廓業者を誘致し、残った2町の遊廓から成立した廓であったために「二丁町遊廓」と名付けられたとされ、二丁町遊廓は江戸吉原遊廓を産み落とした母のような存在なのである。

次いで、小長谷澄子(2006)『静岡の遊廓 二丁町』文芸社.を用いて、静岡市に於ける戦後の色街史をざっと俯瞰してみよう。同著に依れば、藩政以来の二丁町遊廓は敗戦間際の昭和20年6月19日、「静岡大空襲」(Wikipedia)によって灰燼に帰した。その後、進駐軍に供された性的慰安施設「富士園」は二丁町のあった駒形5丁目から2Km弱ほど東へ離れた中田町2丁目に設置された。60もの部屋数を擁した当時の建物は、その後、アパート(「晁東アパート」)として転用され、1980年(昭和55年)に取り壊されるまで現存していたという。

赤線はどこ?

戦後にRAA施設が設置されたということは、赤線業者と元娼妓という「役者たち」も揃っていたことを意味している。その後に色街の歴史がプツリと途切れるとはとても考えられない。間違いなく同市内のどこかに赤線区域が存在したはずだ。果たしてそこはどこだったのだろうか?

同じ静岡県でも、東西の浜松と熱海の赤線情報が豊富であることに較べ、静岡市の情報は明らかに少ない。長い間、資料を探していたのだが、ようやく有用性の高い資料を手に入れることができた。

梅田晴夫(1967)『全調査東海道酒・女・女の店』有紀書房.である。

同著は神奈川県小田原からスタートし滋賀県大津をゴールとして、東海道に存在する歓楽街を紹介した奇書としか呼べないシロモノで、東海道・東海地方を切り口とした歓楽街ルポは類書を見ない。扱う店舗はバーやスナックなど純粋に呑んで楽しむものから、キャバレーから性風俗、さらには自由恋愛(から発展する性交渉)を目的としたものまで、「遊び」を網羅的に扱っている。

さらに歓楽街の略図も添えられており、足で稼がなければ分からない情報がこれでもかと詰めこまれ、興味をそそられずにはおれない内容だ。

今は消滅した店名も。街歩き調査に威力を発揮すること請け合い

今は消滅した店名も。街歩き調査に威力を発揮すること請け合い

同著の中では静岡市の赤線跡は下記のように紹介されている。(文章は適宜略した)

この街でもやはり赤線は生きているといえよう。駅から十分も歩くとアベックの名所常盤公園に出くわす。その裏が大道路でそこが(旧赤線の)「駒形」だ。もともとバラック建の長屋式だったから、吉原、飛田に見られるような堂々たる門構えは見受けられない。

今は飲み屋と旅館に生まれ変っていて、代表的な「ロマンス横丁」「天狗横丁」はアパート式に細い路地に小さなスタンドがひしめいていて、通り抜けられないほど。

「ニイさん。いいことしたげるから、こっちへきいなさいってば」女が、手招きしながら、しゃがんでいる服を開いてみせる。一瞬にして奥の院まで丸見えになる。そこはスタンドでカウンターがあって、テーブル席もあるがママらしい姿もなく、三人いるのは見るからに肉感的な年頃のホステスだった。

相場を聞くと二千円だが、服を着たまま座布団ですますなら「イチゴ」千五百円でいいといってくれる。

こうしたバーではどうもというむきには、廓内の旅館へ上がって、女中に耳うちしてみるといい。アパート内にコールガールが待機していたり、スタンドからそうしたホステスをよんでくれる。

旧赤線の位置を記したイラスト。右が北だ。

旧赤線の位置を記したイラスト。向って右が北方向だ。

旅館も娼家としての役割の一部担っていたらしい…

旅館も娼家としての役割の一部を担っていたらしい…

どうやら戦後の静岡市の色街は、二丁町遊廓から常盤公園近くの駒形2丁目付近へと北上したようだ。廓時代よりも市街中心寄りに移動している。最も重要なことだが、当著が刊行されたのが1967年で、この界隈が売春防止法施行から10年近く経った時点においても未だ現役の売春街であったという点だ。赤線当時の店構えがバラック然とした長屋スタイルであったことも見逃すことのできない貴重な記録である。

遊廓、RAA、赤線のあったとされる町をプロットしてみた

併せて、先に挙げた『静岡の遊廓 二丁町遊廓』に依れば、

(戦後、郷里へ帰れない元娼妓は)駒形辺りの以前からあった銘酒屋等へ入った。この地域が「特殊飲食店」いわゆる「赤線区域」となって、昭和三十三年(一九五八)の売春防止法実施まで続くのである。

とあり、この界隈が元来、銘酒屋が多かった地区であることを示唆している。戦前からもぐりの淫売を連綿と引きずっていそうな街である。駒形の赤線の系譜を辿るならば、戦前から淫売も行われていた銘酒街に、戦後行く当てを失くした元娼妓(と戦後の娼婦)たちが入り込むことで、この地は更に売春街としての性格を強め、警察が追認する形で赤線区域に指定した、そのようなストーリーが自然と思い浮かぶのである。

その売春横丁は実在した

さて、静岡市に赤線区域が存在し、〝線〟後(売春防止法後)も現役の売春街であったことは、ほぼ間違いものとなった。今度は「街」のスケールから「店舗」のスケールに視点の高さを降ろしてみよう。

1970年の住宅地図を入手した。
IMG_6454

所々文字が潰れてしまっているため、見やすいように書き起こしたのがこちらだ。

・ピンクは飲食店(バー、スナック、小料理屋)
・ブルーは旅館
(業種が不明な場合、店名から推測で着色した)

地図は『全調査東海道酒・女・女の店』の刊行から3年経過した1970年のものだが、駒形界隈は飲み屋や旅館の密集度が依然として高く、街を形成する商業構成はルポ当時と較べても色濃く残っているようである。

常磐公園の南側に「天狗横丁」(常盤町3-6)、更に南側にある「ロマンス街」(駒形通2-1)にご注目頂きたい。『全調査東海道酒・女・女の店』にも記載のあった地点とビンゴである。(記載内容との一致をみたことは、同著の信頼性を担保する証左としたい)

この2つの横丁を中心として赤線区域が形成されていたと見て間違いないだろう。周囲にもスナックやバー、小料理屋らしき店名の店舗がひしめき合っている。ちなみに、現在の同地区には夜の飲食店は極めて少なく、今の姿からは当地が過去にいわゆる「悪所」であったことを想像するのは難しい。

飲食店に付かず離れずのポジションで、旅館が散在していることも注目に値する。『全調査東海道酒・女・女の店』に依れば、店内での交情の他、旅館の利用も手引きされている。さらに興味深いことに、同著には常磐公園は暗い故に誰はばかることないアベックの名所である、として紹介されており、同公園に程近い旅館群はその手の需要も充たしていたに違いない。

その他、気になる物件として駒形神社そばの「駒形劇場」がある。ポルノ映画だったのか気になるところだが、映画館と同じ並びにあった某商店の80代の方に依れば、純粋な邦画映画館だったそうで、静岡で初めて3本立て上映を行った映画館であったとのこと。ポルノ映画館ではなかったとはいえ、神社近くに歓楽街が形成されやすい傾向もセオリー通りと言えよう。

ついでだが、市内唯一のソープランドである「ヘルス東京」(地図中は「東京トルコ」)は、何故こんな場所に?といった立地だが、過去の赤線区域との繋がりの中で見れば、決して不自然な位置ではないことが明らかになる。

赤線の残滓

静岡市の赤線は、前身となる遊廓(貸座敷免許地)から移動しており、「座布団でイチゴ」といったように、由緒正しい二丁町遊廓の血を引いているとは思えない程に粗末な「遊び場」だったらしい。

最後に、「赤線の最期」とも言うべき姿を見てこの記事を締めくくろう。DEEP案内編集部から赤線物件の末期を捉えたであろう貴重な写真(撮影2011年1月21日)を提供して頂いた。編集部の記録と、写真に写り込んだ「ビジネスホテル田幸」の看板からすると、これが例の売春横丁「ロマンス街」のようだ。

全景

全景

斜めに据え付けられたドア

斜めに据え付けられたドア

トタンが貼り付けられているが、中央に路地があったのだろうか?

トタンが貼り付けられているが、中央に路地があったのだろうか?

この2階が交情場所だった…?

この2階が交情場所だった…?

小料理屋の看板

小料理屋の看板

現在、この場所は駐車場となっており、ストリートビューでも完全に跡形ない。
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熱々のおでんで剥がれた上顎の皮のように脆く儚く、全くもって諸行無常としか言いようがない。
遊郭部(@yuukakubu)からは以上となります。

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遊郭・赤線研究家。これまで訪ねた色街はおよそ250箇所。土日はだいたい歩いてる。遊郭情報サイト『遊郭部』( www.yuukakubu.com )、Twiiter( @yuukakubu )、Facebookページ( www.facebook.com/yuukakuakasenbu )
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