那須湯本の廃墟系旅館「老松温泉・喜楽旅館」に泊まってきた

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栃木県那須町は皇族の那須御用邸もあるなど軽井沢などと並ぶ静養地として首都圏からも多くの観光客が訪れる場所だが、原発事故の影響で放射性物質が拡散され所謂ホットスポットとなった事もありここ最近は観光客が遠ざかっているという話である。しかし放射能など我々取材班には取るに足らない話でしかない。

那須町には那須湯本温泉という温泉地がある。一大リゾート地帯である那須における温泉郷の一つだが、いかにもな温泉ホテルに紛れてマニアックな佇まいの旅館も存在する。特に「廃墟そのものだ」と噂が絶えない「老松温泉・喜楽旅館」には一度泊まってみたいと思っていたのだ。

喜楽旅館がある場所は那須湯本温泉のメインストリートから外れた川向かいにぽつんと離れた一角にあり、車で来ると温泉街の手前の橋を渡らずに脇道に逸れる形となる。このアプローチからして既に怪しいのだが…

しまいには山道同然の景色になるので初めて来た時には少々不安に駆られる事になる。この先で間違いありませんので行きましょうね。

砂利敷の道を300メートル程入った所でようやく温泉宿の建物が現れる。手前のよくわからない空き地に車を止めて進む。正面には廃墟化した大型温泉旅館の建物がそびえていて異様な雰囲気に拍車が掛かる。

さっきと同じ砂利敷の道だが肝心の温泉旅館の入口はこの左側の掘っ建て小屋のような佇まいの建物にある。今回はちゃんと予約して宿泊する腹積もりで来た訳であるが日帰り入浴(500円)も可能で、昼間は結構こう見えても客の姿がある。

旅館の入口とは別に「受付」は真向かいにあり、こちらが喜楽旅館のご主人一家の自宅を兼ねている。受付というが普通の家である。しかもご主人と婆さんがコタツを囲んで寛いでおられた。

この旅館が何故「廃墟系」などと呼ばれているのか、旅館側の建物を見てみるとひと目で分かる。建物の右半分が見事に崩落してしまっているのだ。廃墟「系」ではない、モロに廃墟じゃん。

かつて客室であったと思われる部屋がごっそり床と壁が剥がれ落ちて中身が丸見えになっている。首のもげた日本人形が入ったガラスケースが辛うじて落ちずに踏み止まっていた。

よく見ると抜けた床の下に建物がもう一階分あるのが見える。実は二階建てになっていたのだ。崩落した建物の瓦礫はそのまま後片付けもされず放置プレイ。

温泉街に近い川上側からのアプローチだと真っ先にこの廃墟が目に付くので確かにインパクトが大きいだろう。肝心の温泉や客室はきちんと整備されている建物の左半分にあるのでご安心下さい。

さてさて、それでは喜楽旅館の中にお邪魔しますか。恐る恐る玄関を潜り中へ。外観同様に年季の入った階段を降りる。既にこの辺りから強烈な硫黄臭が漂ってくる。受付を済ませた後に何故かさっきまでコタツで寛いでいたはずの主人が階段の下から現れるのでびっくりした。どこから入ってきたんだ?!

旅館に使われている建物は川沿いの谷筋に沿ってへばりつくように鰻の寝床状に細長く作られているため昼間でも日の光は届かず薄暗い。一階の廊下を奥まで進むと途中で食堂、男女別浴室、客室と続く。

客室へ続く細長い廊下、浴室のあたりはリフォームされそれ程でもないが奥に進むと内装が昔のままで壁が所々剥がれ落ちた箇所が見られる。壁がボロボロになるのは泉質が強い為らしく客室のテレビなどの備品も頻繁に壊れるとの事。夜中にトイレに行く時は結構勇気が要りますね。

浴室の前に立つとポワーンと硫黄臭がきつい。那須湯本温泉の中でもここだけは弱アルカリ性と泉質が違う独自の源泉が敷かれている。日帰り入浴客のリピーターが多いので、積極的に旅館の客を取らなくともなんとか経営が成り立つそうだ。

廊下があまりにアレなので不安に思ったが客室と食堂はさすがに人の住める空間になっている。然るべき部分にはリフォームを施しているようで食堂だけはやけに綺麗で明るい部屋だった。

そしてこの品揃え豊富な夕食が出てくるという意外な展開に二度驚く事となる。旅館としては寂れていても料理は全く手抜きはしていない。ご主人は足が悪く上げ膳据え膳や部屋の手入れ等色々大変なようなので、あまり宿泊客を多く取らない。1日1組か2組が限界のようである。

レンコンのはさみ揚げが乗った皿の下にはさらにお刺身が隠れているというサプライズ付き。腹一杯になりました。ちなみに朝食も焼き魚が付いた素晴らしいお食事となっております。一泊二食付で一人7500円。

先程降りてきた階段の横の空間を見るとそこには謎の地下通路の入口があった。どれだけミステリアスな温泉宿なんだよ。

手掘りの洞窟となった地下通路はご主人の自宅である母屋と旅館の間に通されていて、向かいの母屋へ続く階段へと繋がっている。主人はここを通って行き来していたのだ。

足元は温泉成分が凝固して地面のあちこちが白く変色していた。かなり濃厚な温泉だなあという事が実感出来よう。

浴室には先客が一人だけ居たが、夜は殆ど貸切同然のような状態だった。一人で何もせずにボケーっとするには最適な環境かも知れない。

ご主人に少し話を伺えたが、戦後の頃に開業した初代主人の息子さんで最初は跡継ぎも考えず東京で会社員をしていたそうだが、親と兄弟にご不幸があり自分が跡継ぎにならざるを得ず戻ってこられたとの事。我々が東京から来たと話すと色々と東京時代の昔話を聞く事が出来た。いつまで続けられるか分からないが、出来るだけ長続きして欲しい。


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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