世界遺産候補の産業遺跡、長崎の超有名廃墟無人島「軍艦島」に上陸してきた (全3ページ)

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長崎県西彼杵郡高島町(現・長崎市)端島。長崎港の南西約17.5キロメートル、周囲1.2キロ、南北480メートル、東西160メートル、その僅かな面積の島に、5000人以上の人間が住んでいた。江戸時代末期から石炭が発見され、明治の中頃から三菱が佐賀鍋島藩から島を買収してからは本格的な炭鉱開発が始まり、それから大正、昭和に至り日本初の鉄筋コンクリート製集合住宅をはじめとした居住設備が狭い島に形成され、その異様な島の外観から「軍艦島」と呼ばれた長崎県の端島。昭和49(1974)年1月15日の閉山後、数ヶ月で住民の姿は消え、無人の島となったまま40年近く放置されてきた。

長崎市 端島

その後は廃墟マニアの垂涎の的となり無断上陸が後を絶たず、ネットで出回っている軍艦島写真集に衝撃を受けた我々のような人種が多く観光資源として有効活用出来るのではと睨んだかどうか定かではないが、長崎市によって無人化した廃墟の島に新たに見学用の通路が建設された。画して軍艦島は2009年4月から一般観光客の上陸を解禁した。もはや説明の必要がないくらいの場所だが、先日長崎に行った時に軍艦島クルーズに乗船する事が出来たので当サイトでもレポートしたい。

長崎市 端島

我々は長崎港ターミナルにある、やまさ海運の乗船券売り場で軍艦島クルーズのチケットを購入した。料金は1人4000円と決して安くはないお値段だ。あとクルーズの運賃とは別途で見学料300円を徴収されるので、合わせて4300円必要になる。ちなみに軍艦島クルーズをやっている会社は複数あって、最安では3000円という所もある。比較検討するとよい。なお受付時に「誓約書」にサインする必要がある。見学通路以外に立ち入らない、など細々とした事が書かれている。車椅子等の上陸も不可。Z武さんはまだ無理そうだな。

長崎市 端島

クルーズの出航時間は朝9時からと昼1時からの1日2本。長崎港ターミナルから片道30分程掛けて軍艦島に行き、1時間程の見学時間を経て島を一周した後また戻ってくるので、所要時間は2時間半程度となる。もちろん悪天候時は欠航するし、若干波が高くなると上陸出来ずに周遊するだけになってしまう。この場合は料金の返金もないので運が悪かったと諦めるしかない。

長崎市 端島

長崎港ターミナルを出ると、しばらくの間は深い入り江に築かれた造船工場などを眺める事が出来る。タンカーから護衛艦まで種類も豊富。

長崎市 端島

造船工場は三菱重工のもので、お馴染みのマークを掲げた赤白ストライプの巨大なクレーンがいくつも見られる。造船の街・長崎においてはこの三菱の存在は絶大で、三菱に逆らうと長崎では生きていけないだなんて言われているような土地柄だ。これから行く軍艦島だって三菱の島だった所だ。すげえよ三菱。

長崎市 端島

女神大橋の下を潜った後、香焼と沖ノ島の間を通り、横目に同じく炭鉱の島である高島を眺めつつ、目的地の軍艦島まで行く。波も比較的穏やかなので無事に上陸出来そうですね。よかったね。手前に見える高島の炭鉱住宅群が遠目に見られる。これから行く軍艦島も元々は西彼杵郡高島町の一部だったが、どちらの島も2005年に市町村合併で長崎市に編入された。

長崎市 端島

程なく、AC公共広告機構の不気味なCMでも目にしたお馴染みの独特の島のシルエットが現れた。あれが端島だ。造船の街長崎においてこの島を軍艦島と呼ばずに何と呼ぶのか、本当に軍艦そのもの。大正時代に長崎港で建造中だった旧日本海軍の戦艦「土佐」に似ていた事からそう呼ばれるようになったそうですが。

長崎市 端島

無人化してからかれこれ40年近いので、コンクリート建築部分を除いた殆どの構造物が木々に埋もれているか、または崩壊しているものばかりだ。島のてっぺんにある端島神社の本殿は斜面上の土台からしっかり残っている。

長崎市 端島

端島神社の部分を拡大。鳥居が一部だけ残っているのが辛うじて見える程度か。本殿は残ってはいるが手前の拝殿は木造だったので完全に崩壊しとりますな。

長崎市 端島

報国寮(65号棟)の手前下側に見えるカマボコ屋根の骨組みは端島小中学校の体育館(71号棟)。これが出来たのって昭和45(1970)年で、炭鉱閉山の僅か4年前。建てた時にはもしかしたら閉山するかも…とは思っていなかったのだろうか。

長崎市 端島

日本初の小中一貫校という端島小中学校(70号棟)前面。7階部分は後で増築されていて形状が違っている。極度に狭い島の中でも学校だけは採光を考え大きな窓ガラスが全面に使われている。昭和33(1958)年築。最盛期には小学生500名、中学生250名程が在籍していたとの事。マンモス校ですやん。

長崎市 端島

端島小中学校(70号棟)側面。長年の劣化で窓枠が大半落下しているものの、窓ガラスが一部落ちずに残されている。島の周囲がまるごと洋上という特殊地帯だけの事はあって、塩害対策を考えていたのか窓枠は金属などではなく全て木製。

長崎市 端島

我々一般観光客として軍艦島クルーズに乗船した客は、このドルフィン桟橋の上から上陸する事となる。この小さな島において上陸可能なポイントはここしかない。手前に防波堤とかが全く無いので少し波が荒くなると上陸出来なくなるのは容易に想像できる。軍艦島クルーズの上陸率は時期にもよるが60~90%程度。上陸出来たら運が良かったと思いましょう。

長崎市 端島

海中からコンクリートの土台だけが突っ立っている所が何箇所かある。これは石炭積み込み用の桟橋だったものだ。島内からは高いコンクリート防潮堤一枚のみで隔てられているだけで、そこからすぐ外海になる。台風が来たら島から出られないどころか、高潮が島の中に降ってきたりもする。

長崎市 端島

ドルフィン桟橋が完成する前までは端島住民が島に上陸するためには沖合から艀に乗り換えて島に近づかなければならなかった。波が穏やかな時は直接島から可動桟橋を艀に下ろして上陸出来るのだが、少し波が荒くなると、桟橋から鉄のハシゴを吊るしてそれをよじ登らなければならなくなる。よくこんな島に5000人も住めたな。

長崎市 端島

観光客受け入れのために端島のドルフィン桟橋は一部削られて段差を設けるなどして新しく整備され直されている。この桟橋も昭和37(1962)年に作られたもので、3代目。初代と2代目は完成直後に台風で流出している。上陸後は案内人に指示される通りに見学通路を進み、3箇所の見学スポットから説明を受けながら順番に回っていく事になる。特にヘルメットを被ったりする必要もないが、見学通路以外は全て柵で仕切られていてコースから外れる事は出来ない。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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