本州最北端の盛り場は自衛隊のお膝元だった…むつ市「田名部」のネオン街を訪ねて (全3ページ)

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青森県むつ市にあう「田名部神社」の周りが盛り場に取り囲まれる異様な風景を見に来たのがこの土地に来た目的だったが、実際に来てみると神社を取り巻く飲食街「神社横町」に限らず周り一帯が全部飲み屋街となっている事に気づく。そう言えばむつ市は自衛隊の街だった。自衛隊の存在がこの街に景気を付けているのである。こうした地方都市は決して少なくはない。

今度は田名部神社東側の飲食街を探索する。田名部川に注ぐ小さな水路の橋を跨ぐと「泥棒貴族」という場末のラブホみたいな怪しいネーミングのスナックがあるので、そこを右に折れよう。

泥棒貴族の向かいには田名部町の集会所。「明るく健康で活力のある街」らしい。元遊郭や盛り場には決まってこうした意味のない標語が飾られている事が多い。何か意味があるんでしょうか。

水路に沿って奥には田名部神社の境内がわずかに見えているが、その手前は相変わらず飲食街だ。水路と車道の間はガードレールもなく、酔っ払いが勢い余ってそのまま川に突っ込んでしまいそうだ。

川に落っこちないようにと注意を促す看板。酒の回った酔っ払いには通用しそうもない。

水路の側には古いトタンバラック民家。下北地方に出るとオンボロ民家がデフォルトになってしまい目立たないのだが、下の水路をよく見ると生活排水が垂れ流しになっていてやたら汚い。

地元の盆踊りで歌われる「田名部おしまこ」には「田名部横町の川の水飲めば八十婆様も若くなる」という一節があるのだが、その通りに川の水を飲むと逆に寿命が縮まりそうな罠。

この田名部おしまこも、南部地方各地やキリストの墓などで唄われている「ナニャドヤラ」から派生したものだとされている。

街の中心を流れる水路は田名部川の本流に注がれる。どこからか子供が捨てたのかゴム風船が流れ着いている。

そんな水路に沿って歩くと、やけにピンク色がどぎつい看板が掛かった建物が現れる。

下北半島に居そうにないルックスのセクシーガールな外人さんの股の下から「連日ショータイム」と文字が飛び出している。店の名前に「MABUHAY」とあるが、恐らくこれはフィリピンパブだろう。

フィリピンパブと思われる「MABUHAY」の入口。普通の民家の玄関口のような扉がついているが昼間は至って静かなものだ。

スナックかフィリピンパブしか目立った店がない田名部の街。他は商店の倉庫に使われているのかボロボロの木造建築が見られるのみ。

フィリピンパブの先は突き当たりになっていて、余すことなくスナックや居酒屋がひしめいていた。

プレハブ建てに思われる飲食街の奥を覗いてみたが、やはり昼間から開いているような店は無かった。

神社横町側から一周して振り返ると、その両側の道はやはりスナックの看板だらけ。しかし道を突き当たった所には常念寺という大きな寺が控えている。人心を戒め清める役割を持つ信仰の場と、その真逆の性質を帯びる歓楽街が同居している姿は、非常に奇妙に映る。

田名部神社の正面には地元の地名を冠する田名部横丁。

中心市街地だけあってところどころ普通の商店も混ざってはいるものの、殆どがスナックか居酒屋になっているのだ。人口10万人足らずの下北半島の規模を考えると、あまりにも多過ぎる。他地方からは孤立した下北半島では飲んだくれる位しか娯楽がないという事情なのかも知れないが、やっぱりそう考えると自衛隊の存在って逞しいですね。

夜の街で過ごすお楽しみの前に「健康ドリンク」でも一杯飲みますか、と見たら普通の自販機やないか。誰が使うのかよくわからないコインロッカーまである。

田名部神社前の通りを突っ切るとそのまま常念寺の境内へ。下北半島の中心ということもあり、神社も寺も狭い範囲に密集している。

山門にはかなりご立派な風神像が鎮座している。

やはり下北半島の寺と言えばお地蔵様が主役である。境内に入ると真っ先に小さな地蔵堂が置かれているのが見える。

境内入口右手にはかなり真新しい石碑が建つ。しかもペット供養碑のようだ。犬猫も死んだら恐山へ行くと言い伝えられているのだろうか。

常念寺の本尊である木彫阿弥陀如来像(国重要文化財・見学は要予約)は京都の清浄華院から寄贈されたものだと言われている。田名部まつりが祇園祭から来たのと同様、信仰も同様に関西方面から北前船によってもたらされたものだと知るのは感慨深い。

本堂の左側に小さなお堂が建つ。よく見て無かったが、ここも地蔵堂だと思われる。

お堂の正面に吊るされている鈴に、参拝者と思しき個人の名前が刺繍された細長い袋が一緒に吊るされている。地方の信仰について疎いのでよくわからなかったのだが、下北半島独特のものなのだろうか。

寺の境内各所に置かれる小さなお地蔵様には皆丁寧に服と帽子が着せられている。恐山が間近にそびえる土地だけに、地蔵信仰の厚さを感じさせてくれる。

水子地蔵・子育て地蔵と書かれたこのお地蔵様はひと際大きい。東北で、とりわけ下北半島で地蔵信仰が厚いのには昔は貧しい村が多くあったため、子供が若くして死ぬ事が珍しく無かったからだと言われている。

我が子が無事に育つように願う親の思いが寺のお地蔵様の多さに現れているのだ。

常念寺の入口にも、田名部川に注ぐ水路を跨ぐ橋がある。生活排水で汚れているのか知らないがあまり綺麗な川ではない。

ちなみに田名部には常念寺の他に、斗南藩の藩庁が置かれていた円通寺など、由緒ある寺が数ヶ所存在している。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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