オウム真理教が起こした化学兵器テロ「松本サリン事件」の発生地点は今どうなっているのか

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国宝・松本城がそびえる松本市の中心市街地にも程近い北深志一丁目の住宅街。今この場所を訪れても特に何かがある訳でもないのだが、1994年に世間を震撼した「松本サリン事件」があった場所が、まさしくここなのである。

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現場がどんな街並みでどういった場所なのか知りたい一心でここまでやってきてしまった。その気になれば松本城からも歩いてすぐ来れる場所だ。

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現場は完全に住宅街で、一般家屋以外のものは一切ないといった土地だ。ここで1994年6月27日夕方から翌日未明までに発生した毒ガスによる犠牲者は8名、重軽傷者は660人を数える。

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オウム一派が攻撃しようとしていたターゲットは松本地方裁判所の宿舎である。この宿舎の西側に隣接する駐車場から噴霧器を搭載したトラックを置き、そこからガスをばら蒔いたのである。

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風が真東に流れれば計画通りターゲットにガスを噴霧する事が可能となる、だが読みが外れて風は真東ではなく、北東方向に流れて行った。その先にあったのが後々毒ガスと報道被害の二重苦と戦い続ける事になった河野さん宅と、この付近に隣接するマンションや民家。

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風で運ばれたガスはこのマンションをはじめ、風下の住民を無差別に襲った。8人の犠牲者の中には信州大学の学生が居た。呼吸した時点でジ・エンド、あまりに凶悪過ぎる化学兵器が、この住宅街で使われたとは。

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戦後日本史でも記録に残るテロが起こった現場は、現在何事もなかったかのように平穏を取り戻している。マンションが取り壊されずにそのまま使われていたのが意外だった。

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「松本レックスハイツ」というマンションの屋号もそのまま。西隣にある「開智ハイツ」も同じく被害者がいる。

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さらに松本レックスハイツと裁判所宿舎の間にも当時は民家があり、その隣には明治生命寮もあって、それぞれ被害者を出している。現在はそれぞれ駐車場と児童公園。

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一派が計画を実行するために噴霧器を搭載したトラックを停めた駐車場は、河野さん宅の南隣にあたる。当時、風下にあった河野さん宅が被害に遭い、第一通報者として当時のマスコミで犯人扱いされた事は有名である。

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駐車場に隣接する河野さん宅。事件を通じてあまりに有名になってしまった。日本におけるマスコミ取材、メディアスクラムにより散々二次的被害を蒙った。今もマスコミの体質は何ら変わっていない。河野さんは長年重篤状態のまま介護の末亡くなった妻の3回忌とともに、鹿児島に移住されたそうだ。


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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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