丸亀「一寸島神社」境内を占拠するバラック群 (2)

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丸亀駅前の福島町遊郭跡にぽつんと佇む「一寸島神社」の境内はバラック家屋が密集していてかなり異様な姿を見せている。
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神社の参道にずらりと並ぶバラック群はその多くが土産物屋だったようだが現在は参拝者の姿もなく商売を辞めて廃墟状態になっていた。かつての四国一の港町としての栄華の名残りか、決して広くもない神社境内に隙間無く密集するバラックは戦後特有の事情を想起させるに充分な貫禄がある。


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一寸島神社のバラック家屋は何も参道だけに限らない。拝殿前から南側に抜ける狭苦しい路地の中にもびっしりと連なっている。いわゆる文化住宅的佇まいの長屋は今も人が住んでおり、張り出した2階部分のバルコニーから洗濯物が窮屈そうに出ている。
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そして狭い路地裏が大好きな猫の習性は全世界共通。真っ白な毛並みの猫、お前は神の使いなのかそれともただの野良猫なのか。
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戦後の貧困を60年余り経っても引きずっているかのような路地を抜ける。雑然と置かれた家財道具などがなおさら道幅を狭くしている。火事でもあったらどうするんだろうなこれ。よく見たらコンスタントに廃屋も混じっている。
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また「参道」から脇道に入ったあたりにも別の路地が隠れていて、負けず劣らずの古びたバラック家屋がそちらこちらに突っ立っているのだ。もはや「三丁目の夕日みたいですね」とかそんな甘ったれた話ではないぞ。鈴木オートもビックリだね。
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参道裏手の路地は複雑に折れ曲がって奥へ続いている。残念ながらこの辺の家屋はオール廃屋状態で手入れが行われておらず荒れるに任されていた。昼間でも何か出てきそうな雰囲気だ。
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神社の境内に家を建てて住んでいた訳アリな人々は今はどこでどう暮らしているのだろうか。もぬけの殻となった家の数々に今も残る生活の匂い。
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廃屋の窓ガラスからガラクタまみれになった部屋の中が見える。さっきから人の気配は全くない。住んでいるとしたら野良猫くらいのもんか。
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見ての通りかなり粗末なバラックである。いつ自然崩壊してもおかしくない状態だ。2階部分のバルコニーに枯れ木が絡まっている。
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別の廃屋を見ると壁が崩落していて建物内部が丸裸になっていた。まかりなりにも県内主要都市駅前の物件でこのクオリティはなかなか見当たらないなあ。
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さらに奥へ入るとまたしてもバラック家屋が向きあう路地が伸びていた。さっきの路地以上に狭いんですが…お化けよりもヤーさんが出てきそうで怖いのでこれ以上の深入りはやめときます。
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最後に境内を外れて参道脇からバラック家屋を眺める事にしよう。神社の玉垣に沿ってギリギリまでバラックが建っている。裏から見てもやっぱり壮絶なんですけど。一部、建物の構造物が玉垣の上に乗っかってるし。
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あくまでこれは推測だが、戦後の混乱期にひとまずの救済措置として神社の地主が良心を働かせて、土地を失った人々を集めて境内に家を建てさせたとか、そういう事情があったのかも知れないし…でなきゃ、なかなかこんな事にはならんだろ。
ちなみに丸亀市は戦時中空襲には遭っていない非戦災都市なのだが、遊郭だったという土地の特殊性から有象無象の流れ者が寄り付く素地があったのではないかと。それ以上は想像の域を超えて分かる事もない。

四国丸亀 骨付鳥せんべい
(株)マルシン
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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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