リアル「三丁目の夕日」状態!実際映画のロケ地になった倉敷市「玉島」の昭和な街並み (全4ページ)

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岡山県倉敷市の西部に位置する港町「玉島」はかつては四国航路の要所で、また備中松山藩の藩港として栄えた古い町だ。昭和42(1967)年に合併するまでは玉島市という単独の市でもあったがそれ以後倉敷市に編入され単独市制の幕を閉じ、さらに四国航路の要所としての地位も宇野港に奪われ、昔は栄えていたであろう商店街の数々が昭和の面影を残す、というか放置プレイをかまされたままの廃クオリティ・廃レトロっぷりを晒す街として「三丁目の夕日」のロケ地にまでなった場所だ、という事でちょっくら様子を見にやってきた。

倉敷と聞いてしまうとどうしても美観地区あたりに目が行きがちで周囲の濃ゆい歴史を辿る街の存在を見落としがちになってしまうので市町村合併で地名が消えるのは罪な事だよなあと思いつつ玉島へやってきました。山陽新幹線の新倉敷駅というのはここの最寄り駅なんだな。

玉島の中心市街地は港から遡った溜川の両側に開けている。のっけから古びた水門が現れる。昭和23(1948)年建造の「港水門」。

近くから水門を眺めてみましょうね。小さな水門だが街の治水を半世紀以上担ってきた風格ある佇まい。しかし老朽化が激しく、手前に新しい水門が作られてこっちの方は2012年中に取り壊される予定らしい。

そんな水門の前には割と真新しい案内看板が。なんということでしょう。「ALWAYS三丁目の夕日」のロケ地だったなんて。「昭和30年代の東京」の風景が東京には残ってないのでわざわざ倉敷まで来て撮ってたのかよ。

よく見ると水門に隣接して掛かる橋もやたらボロくて周囲も工事用の柵が取り付けられている。玉島に来たのが2011年末だったので、今では水門の取り壊し工事も進んでだいぶ風景が変わっているかも知れん。

溜川下流に取り付けられていた新しい水門はこちら。1995年建造、無駄に美観地区を意識した蔵のようなデザインになっているが風情もへったくれもない。

こういう廃レトロな土地に派手な水門をぶっ建ててしまうのだから違和感バリバリでなんだかなーといった印象である。どうせバブル期の発想なんだろうな。

三丁目の夕日のロケ地云々とかは別にどうでもいいのだが気になるのが溜川沿いに見られる商店街の建物群。ヤバイくらいにボロい。

ちょっとだけ京都の鴨川みたいな佇まいになってるかと勘違いしそうになるが立派な店舗の建物が軒並み廃墟化して一部は崩壊を始めている。一体どうなってしまったのかこの街は。

辛うじて人が住んでいると思われる店舗長屋の一部、ひと気の消えた家の軒先は野良猫の楽園と化していた。日向ぼっこが気持ちよさそうである。

この玉島という街、港町としてはとっくに寂れてしまっている土地でもあった。街の郊外化で地盤沈下が進み元からあった商店街からは人が消えた。もうあちこち崩壊してるんですが…

旧水門の傍らに水路が分岐していてその両側にも家屋がびっしり連なっている。ここいらも見た目にも結構キテます。

水路の縁から絶妙なバランス感覚で支えられている廃墟家屋の増築部分。石垣の出っ張りに土台が据えられて状態を保っているが今にも壊れて落下しそうだ。下水管と思しき陶管がまっすぐ水路に向いているがまさか垂れ流しですか?

そりゃ「三丁目の夕日」だってロケ地に選ぶくらいの土地だもの、それは逆に考えれば昭和30年代で時が止まっている土地だという事を意味している。そんな玉島の中心市街地をもう少しがっつりうろつき回ってみよう。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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