広島駅前の復興住宅建築「京橋会館」在りし日の姿

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平和都市広島の玄関口である広島駅前には戦後のドサクサ的市場や特殊飲食街の残骸らしきスナック街が色々見られる訳だが、猿猴川を渡った先の京橋町にも立派な復興住宅が存在した。

それがこの「京橋会館」。京橋町の表通りから隠れた一角にそびえる4階建てのロの字型の鉄筋コンクリート団地である。東京の同潤会アパートを参考にして作られたというだけあって確かに雰囲気が近い。



ただ残念ながらこの写真を撮りに行った2011年秋に建物は解体されてしまい現存していない。最後の姿でも構わないので無くなる前に見に来たかった訳だ。

京橋会館は昭和29(1954)年に当時の広島県住宅公社が竣工、後に市営住宅となる。かれこれ半世紀以上街の象徴として生きてきた団地は解体を前に静かにそびえていた。等間隔に並ぶ窓にはかつての住人の暮らしの跡が残る。

ロの字型の団地の中央部分は中庭になっている。1階部分の数箇所が通り抜け可能になっているので中に入ってみる。

中庭部分には児童公園があったが後に駐車場に変わったらしい。建物は入居店舗や住宅階の共用廊下が面していて上から中庭を一望出来る形になっている。ヨーロッパではよくある形だが全室南向き住居がデフォルトの日本でこういう造りのものは珍しい。

所謂店舗兼団地の下駄履き住宅として作られたので外側の街路に合わせたロの字型なのだが一部店舗は中庭に向いて並んでいる。解体も近いしみんな廃業してしまいましたが。

住民が減り続けた結果中庭はただのガレージになっていたが、取り壊しも迫っていて半ば廃墟らしい姿になっていた。上の住居部分も既に立ち退きが終わっていたのだ。

住居部分の3階と4階に登る階段もまた中庭に面していたが、建物の解体工事が迫っていたので残念ながら上に登る事は出来なかった。

団地の玄関部分を下の中庭から遠目に眺める。古いながらもしっかりとした造りになっているのが分かる。もちろん風呂なし物件でした。

中庭に面した低層部分の一部はメゾネット型住居になっていた。既にこっちも空き家になって雑草が伸び放題。戦後の混乱期にあって色々と効率重視した痕跡が伺えるが、今の窮屈で似たような造りのマンションと比べたら発想が自由だよな。

建物の角は住居部分のみが渡り廊下で結ばれ下の部分は通り抜け可能な通路になっている。

反対側の通路から中庭部分の店舗跡を眺める。昔は商店街らしい姿を見せていたのだろうか。

通路の壁に掲げられた京橋会館の案内図。立体的な俯瞰図と住居階の平面図が合わせて書かれていた。この狭い一画に住居を詰めるだけ詰め込んだといった印象。なんだか長崎県の軍艦島にあった団地群を連想してしまう。

建物外側の店舗跡はまだ名残りが見られた。これは散髪屋ですな。立ち退き後は移転したのかそのまま廃業したのか…

通路の内側に玄関口が取り付いた「わだ美容室」。味わい深いレトロなデザインと看板の独特のフォントが昭和丸出し。

この京橋会館の跡地には2013年秋を目処に地上21階建ての高齢者向け共同住宅が建設される予定である。また一つ広島駅前から戦後の残り香が消えてしまった。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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