これは生ける廃駅!1991年の旧成田空港駅構内がそのまま残された「東成田駅」

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空港建設反対住民を巻き込んだ極左過激派との泥沼血みどろの「三里塚闘争」を経て昭和53(1978)年に開港した成田空港(旧称・新東京国際空港)。都心に近い羽田空港の滑走路拡張で存在意義が揺らいでいたり、未だに空港敷地に虫食いのように残る係争地があったりと色々問題がありながらも、日本を代表する空の玄関口である事には変わりがない。

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そんな成田空港への鉄道でのアクセス経路は、現在JRと京成の2線が乗り入れていて「成田空港駅」と「空港第2ビル駅」の2駅がある。京成の新型スカイライナーで日暮里から最短36分で行けるとか色々改善を図っているものの、相変わらず東京からは遠いのには変わらない訳だが、この駅が出来る以前の「旧成田空港駅」が未だに営業していて、まるで生ける廃墟!鉄道版ピ○リ守山!とにかくヤバイ!という話を聞いていた。

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その旧成田空港駅は現在「東成田駅」と言い、1991年の現・成田空港駅の開業と共に京成本線から東成田線に変わりつつも今なお現役である。そこへは「空港第2ビル駅」の改札を降りて、保安ゲートを潜らず右手脇から伸びる通路を経て行き来する事ができる。「京成線 東成田駅への連絡口」とある。一体何なのだここは。

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その東成田駅へ通じる地下通路がまず圧巻。全長500メートル、徒歩7~8分程度掛かる通路がひたすら伸びているだけ。しかもほぼ無人状態で見るからに異様な光景である。もしうっかり東成田線に間違って乗車してしまい、ごついキャリーバッグを引きずって空港第2ビル駅に行く事を想像するとなかなか残酷である。

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延々と続く地下通路の壁には随分と古めかしい成田市の観光広告ポスターやら何やらが貼り付けられていて何気にレトロなのだが、これも1990年代のものが恐らく当時のまま放置されているのだ。

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JRの広告ポスターも古いのなんの。「彼女に会った。」のはいつ頃の話だよこれ…四半世紀前とかでしょうか。ちなみに広告ポスターを設置する額縁だけが通路の等間隔に設置されているが、大半が空白のままだ。

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他にも、京成東成田線の終点でもある東成田駅から新たに整備された芝山鉄道線という謎のミニ鉄道があり、ひと駅先の芝山千代田駅とを結んでいるのだが、この駅がある山武郡芝山町の観光ポスターも地味に貼り付けられている。はにわの里らしいです。ついに決定!!町の人気者「しばっこくん」!誰やねん。

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この寂しい地下通路を歩くだけでも気が滅入りそうになるのだが、電気代とかメンテ費用とか無駄にはならないのかという心配はありつつも、意外と利用者はいるらしく、特に東成田駅から近い側にある空港関連施設でお仕事に従事する関係者の利用が多く、東成田線の電車本数が少ない故にこの通路を伝って空港第2ビル駅を使う事があるとか。

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はい、頑張って500メートル歩きました。長い地下通路は東成田駅寄り約150メートル地点で一度だけ角を曲がる。この先が東成田駅なんですが…

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地下通路を出ると、昭和53(1978)年の成田空港開港当時に整備された旧成田空港駅、つまり東成田駅の構内へと直接繋がっている。しかし相変わらず人がいない…

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この駅は旧成田空港駅時代には唯一鉄道で空港にアクセスできる経路だった。JR成田線が成田空港まで延伸開業したのは新しい成田空港駅の開業時(1991年3月19日)だったので、それまでは京成電鉄で来るしか無かった訳である。

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旧成田空港駅時代、この駅は当時の京成線の全駅で最大の乗降客数を誇っていた駅だった。無駄にだだっ広い駅構内、そしてこの大階段の存在がキャパシティの大きさを物語っている。無論現在は傍らのエスカレーターですら運転停止だ。

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