明治時代の遊郭建築旅館「新むつ旅館」がある八戸市の遊郭跡「小中野新地」を歩く (全4ページ)

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毎朝早くから朝市で賑わう陸奥湊駅周辺から、新井田川を跨いだ反対側が小中野という地区である。

小中野も八戸市内では旧市街地として残る街の一つで、幕末の頃から船宿が並んでいたと言われる。

現在も街の各所に古い店舗の残骸などが大量に残っているのだが、それ以上に小中野の街は明治時代に遊郭が築かれていた事があるという歴史が存在していて、八戸市街を探索するにあたって見逃してはならないと思い訪れた訳だ。

八戸の中心市街地からおよそ2キロ走ると小中野に着く。メインストリート沿いには青森銀行やコンビニなどが並んでいる。

他にも「青い森信用金庫」とかいう金融機関の支店まである。最近統合して出来たらしい。そういえば東北新幹線開業後の東北本線も「青い森鉄道」に変わってしまっているが、最近の青森では流行りのゆとりネーミングなのか?

情緒豊かな古い商店建築は新井田川に近い側にまとまって建っている。既に商売はやめたようだが立派な店構えは健在の民家。

その隣には恵比寿湯という銭湯がある。全国的に銭湯は減少傾向にあるものの、八戸という街は銭湯がまだまだ健在で、市内に30軒程度は残っているようだ(→詳細

恵比寿湯の玄関口にも「創業80有余年」の文字がある。ここは昼12時からの営業となっているが、漁師町である八戸の銭湯には朝5時や6時から開いている所も少なくはないという。

銭湯の向かい側にはこれまたレトロ過ぎる建物の自転車屋が現役で残っている。大きな自転車メーカーの看板も殆どかすれていて文字が読めない箇所がある。

タバコ屋の前にはキリスト看板。やはり青森にまで普通に存在していたのか。実にミステリアスな存在だ。八戸近郊には謎の踊りと言い伝えを信じるキリストの墓もあるが…

そんな小中野地区の中心と思われる一帯には凄まじくレトロモダンな洋風木造建築が残っている。外壁を薄緑色にペイントされた2階建ての建築物は現在普通の民家として使われているようだが、1階の一部分は大衆食堂になっている。

親切にも、建物の脇に由来が記された案内板があった。

大正7、8年(1918~19)頃に建造された八戸最古の洋風木造建築です、とある。

当初は八戸商業銀行小中野支店として建てられ、その後はカフェ、現在は事務所、と色々変遷を辿っているとの事。

通りに面して斜めに開いた玄関口の前には二本の柱が張り出し、その上の塔を支える形になっている。塔の上は見事なドーム屋根になっている。

建物本体にくっつくように並ぶ大衆食堂は「ひまわり食堂」という。まさに地元民のための食堂といった佇まいで、入口にはカレーライス、チキンライスなどとメニューが書かれた札が斜に貼られている。まだ時間帯が早かったせいか店が開いていなかった。

洋風建築の横っ面に回ると、そこは勝手口に使われているであろう扉が一枚、その上には雪国ならではの角度のきつい庇が取り付けられている。

この旧八戸商業銀行の建物を目印に、そのまま南側の路地に入り込んで行く。小中野の遊郭跡の街並みはここから始まる。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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