太宰治と吉幾三と羽柴誠三秀吉の故郷!五所川原市「金木町」を歩く (全2ページ)

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青森市街地から車で一時間、次に訪れたのは太宰治の故郷としてよく知られる金木町である。現在では合併して五所川原市の一部になっている。

ストーブ列車で有名な津軽鉄道に乗って津軽五所川原駅から金木駅に来ると、この小奇麗な駅舎に辿り着く。

金木駅舎の2階がレストランになっていて、ちょうど腹も減っていた事もあって立ち寄った。津軽鉄道の線路が遠くまで見通す事が出来る窓際の席から、金木町を一望する。一般的に金木町と言えばもっぱら太宰治ばかりであるが、金木町が凄いのは太宰だけではない。

「俺ら東京さ行ぐだ」の吉幾三も金木町だし、前世が豊臣秀吉だったと豪語する選挙マニアのオッサンもとい羽柴誠三秀吉が小田川城を構えているのもここ金木町なのである。人口1万人少々の町で異常な偉人変人排出率を誇っている。

合併した五所川原市の旧市浦村域にある汽水湖、十三湖がしじみの産地ということもあって出されているしじみラーメンを食う。茹で汁のような薄い白濁したスープは予想外に旨みが凝縮されていて、思いの外旨い。

太宰や吉幾三を生んだ金木町という土地を見ようと意気揚々と街に出るが駅前からことごとくシャッター通りになっていて涙目である。コンビニも無ェ、スーパーも無ェ。

恐らく潰れたスーパーの空き店舗を街づくりの一環なのか「街の駅おいしいじゃん」と名付けて改装中の光景。いよいよオープンと書かれているが新鮮さがまるでないのが泣ける。

「俺らこんな村嫌だ…」とばかりに吉幾三の歌通りに東京に出て行っちゃった人も本当に多いらしく、とある売地と小さな看板が出ていた空き地の連絡先は東京ではなく千葉県の市外局番が示された電話番号だった。

駅前から続くひっそりとしたメインストリートを行く。途中でY字路にかかるが、どちらに入っても斜陽館に行く事が出来る。

途中には金木町庁舎や郵便局など街の中心地がある。役場の向かいの一帯が辛うじて「夜の街」といった所だろうか。ディスコものぞきも無ェ。

道中には太宰治にあやかった店舗がちらほら見られる。商売をやってるのかどうかさっぱり分からない「Dazai Cafe」が寂寥感を漂わせる。

金木駅から斜陽館までは徒歩5分程度といった所だろうか。太宰治関連の観光客が非常に多い土地柄、斜陽館に近づくにつれ徐々に観光客の姿がちらほら現れる。

街の各所には斜陽館をはじめとする観光施設への案内板が置かれている。通りに名前が付けられているが、いちいち太宰作品にあやかって「メロス坂通り」だったりして笑える。

「メロス坂通り」を進むと斜陽館方向に軽く登り坂になっている。片側はずらりと民家の塀が続いている。

駅前からの道をひたすら左に折れると商店街らしい通りが残っている。街の人口規模からするとそれほど栄えているはずもない。

そのうち斜陽館の前を南北に走る県道に差し掛かる。銀行や食料品店などがちらほら並んでいるが、斜陽館のある付近だけがやたら賑やかである。

金木を訪れた人々はみんな太宰しか見ていないようだが、この街の空き家率の高さは半端ない。深刻な過疎化に悩む津軽半島は市町村合併でもグダグダ展開になり自治体が飛び地だらけの悲惨な状態になっている。この辺の地図を見ると五所川原市と中泊町と外ヶ浜町が2つずつ分断されていて軽く内戦状態である。

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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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