原発事故警戒区域最接近2012・双葉郡広野町 (1)

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日本DEEP案内は放射能に負けません。あの忌々しい東日本大震災、そして原発事故から間もなく1年を迎えようとしている中、被災地フクシマの現実を見る為に現地を訪れた。

福島第一原発事故による警戒区域のギリギリ手前まで行ってきたのだ。
現時点では常磐道及びJR常磐線で警戒区域手前の広野町まで行く事ができる。常磐道から広野町に入ると街のシンボルである「J-ヴィレッジ」に因んでサッカーのイラストが描かれている。



福島県双葉郡広野町は人口5000余りの小さな町で、町域の一部が警戒区域となる原発20キロ圏内に入っている。原発事故後、緊急時避難準備区域に指定され、2011年9月に指定解除されるまでは無人のゴーストタウンだった。街には徐々に人が戻りつつあるようだが、実際には元の人口の1割も戻ってきてはいない。

今回の取材ではロシア製ガイガーカウンター「SOEKS01M」の最新バージョン(2012年2月現在、秋葉原で2~3万円程度で入手可能)を片手に行く先々で放射線量測定しながら向かった。原発南側は割と近いところまで線量は低いというのは聞いていた通りで、原発30キロ圏のいわき市内でさえも0.2マイクロあたりをうろうろしているだけ。むしろ福島県中通り地方や栃木県那須あたりの方が線量が高い。
常磐道でいわき市内を過ぎてずんずん北上していく。車内の放射線量は0.15-0.2程度をキープしていたが、広野町に入った所でドーンと上がってくる。0.3マイクロがデフォルト。

現在の終点となる常磐道広野インターはJ-ヴィレッジに程近い広野町北部にある。全ての車両はここ広野インターで強制的に降ろされる。比較的車両が多いのはその大半が災害復興及び原発作業員がらみの車であると思われる。

常磐道はこの先の常磐富岡インターまで通じているものの、手前の広野インターから行く事が出来ない。「災害通行止」らしい。
高速道路上にバリケードが築かれて物理的に入れなくなっていた。ちなみに常磐道をはじめ東北道など、東北地方の主要高速道路は特別措置によって休日、ETC搭載車両に限り無料化が行われている。観光振興の一環という訳か。

通行止を示す物々しい電光掲示板には原子力とか放射能といった文言は一切書かれていない。しまいには「ここで出よ」と言われる始末。

そして広野インター付近になると手持ちのガイガーカウンターが高線量を記録。車内に居ても0.4-0.5マイクロという数値をはじき出す。ここまで来ると警戒区域である20キロ圏内ギリギリの場所となる。

広野インターで降りるとその近くに災害復興及び原発作業員の前線基地としてすっかり有名になったJ-ヴィレッジがある。現在、我々一般人もここまでなら難なく来る事が出来る。広野町と楢葉町の境目に位置している。
広大なJ-ヴィレッジの敷地にある駐車場はどこも大量の車があった。絶望的状況の原発事故から1年近く、今もこの場所でフクシマの再生を願ってか否か集まる作業員の姿が絶えない。きっとこの先何年も続く光景であろう。

J-ヴィレッジの中は敷地内写真撮影禁止と警備員に怒られたのでしぶしぶ敷地外へ出る。ちなみに敷地内には白い防護服姿の作業員の方々が大勢居た。J-ヴィレッジを中継拠点とし、ここで防護服に着替えて汚染区域内に乗り込んで各々の作業場に向かっていく。

J-ヴィレッジはJリーグ発足以来のサッカーブームに乗じて原発誘致の見返りに東電の資金で建て寄贈された経緯がある。総額130億円もの予算を掛けて山を削り出してドハデに作られた。

ちょうどJ-ヴィレッジから先が20キロ圏内の警戒区域となっていて、許可証が無ければ何をどうやっても区域内に入れない。夜な夜な無理矢理侵入している火事場泥棒も後を絶たないが無許可侵入は刑罰対象である。

Jヴィレッジ脇の路上で放射線測定を始める事に。空間線量は0.5マイクロ程度だが地面に近づけるとどんどん上昇して1マイクロに近づいてくる。

SOEKS01Mの日本語版最新バージョンでは10秒ごとの測定となるがきちんと値を出す為に2~3分くらいは地面すれすれの場所でじっと待つ必要がある。10秒ごとに0.1マイクロずつ順調に値が上昇していく。

1.33マイクロシーベルト。高レベル基準の1.2を超えて文字が赤くなってしまいアラーム作動。わかりきってた事だけど、ガイガーカウンターの数値を見せつけられた時点で現実を直視させられる。

Jヴィレッジの先はこんな風に封鎖されている。車はどうやっても入れない。国道6号と常磐道の他、車で警戒区域内を行き来できる場所は限られていて、全てこのような形で塞がれている。

無情の立入禁止看板。災害対策基本法により立入禁止でございます。これがフクシマの現実。東電を恨む者もいれば、原発マネーで街が潤った事実を踏まえて東電ばかりを責める事は出来ないという者もいる。人それぞれだが、もう時間は元には戻せない。

この先に入れるようになるのは何年後でしょうかね。我々が生きてるうちじゃ無理か。それとも…

封鎖地点手前に一件の民家があったがここも廃棄されていた。姿形は普通の一軒家、しかし生活の灯火は消えていた。家の主人はどこへ行ったのだろう。原発事故後、広野町では5000人余りの住民殆どが避難していた。

報道写真全記録2011.3.11-4.11 東日本大震災
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新日本DEEP案内およびDEEP案内シリーズ管理人兼編集長。2007年「大阪DEEP案内」開設、2008年「東京DEEP案内」開設、2009年「日本DEEP案内」開設、2010年「世界DEEP案内」開設、2013年「新日本DEEP案内」開設。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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